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0072 エンドレスレース(3)

 扉が開けっ放しになった体育館の出入り口めがけて、一抹の躊躇もなく飛び込んだ。


 靴を脱ぎ捨てびしょ濡れになった靴下でライバル校のフロアに立つ。同時に声を張り上げる。


「こんにちは! 海帝山の穴吹です!」

 

 当然、こちらに視線が集まり、大会で見たことある顔たちが驚きと怪訝を表情に浮かべている。

 

 声もだ。「どうして穴吹さんが?」「敵情視察ですか?」「エースがわざわざそんなことします?」「それに正面突破してくる視察なんて聞いたことありませんわ」と。


 私はそんな雑音が飛び交う体育館をぐるりと見渡し――。

 

 あ、いた。

 

 たくさんの部員の中で剣さんの姿を見つけた。髪を高い位置でまとめてポニーテールを作り汗を流していた彼女は、唖然とした表情を浮かべたのもつかの間、満面の笑みになったかと思えば、最終的には眉をひそめて首を傾げる。


「こらこら君! ダメじゃないか!」

 

 と、そこでようやく警備員達が追い付いてきた。五人全員で私を取り囲み、鬼の形相。完全に不審者扱いだ。ま、強行突破したから仕方ないんだけどね。


「ちょっと事務所まで来てもらうよ。学校にも連絡するからね」

 

 げ、それはまずい。

 

 その宣告を聞いて、興奮の真っただ中にあった頭が、さっと冷めてゆく。


 冷静に考えると、強行突破ってものすごく悪いことなのでは? このことが監督の耳に入れば罰走じゃ済まないぞ。ぶん殴らても文句言えない。


「お待ちください」

 

 恐怖に震えていた矢先、助け船を出してくれた人がいた。他ならぬ剣さんだ。その貫禄と気品が溢れる堂々とした姿たるや。誰もの視線を集めて、この場の主導権を完全に掌握している。


 そして、話を合わせてくれた。


「この方はわたくしがお呼びしたのです。入門に関する手続きは失念しておりましたわ。申し訳ございません」

 

「あっ、そうだったんですね。それならいいんです」

 

 さっきまで毅然とした態度だった警備員からは一気に小物臭が漂い始める。

 

 さすが剣さん、権力者のオーラで大人を圧倒しているぞ。


「我々こそご友人の訪問を邪魔してしまい申し訳ございませんでした」

 

 一人がそう言って一礼すると、他も続いてそそくさと去っていった。

 

 ふう、助かった。


 剣さんは私の耳元に唇を寄せて囁く。


「二人きりでお話しましょう。監督に断ってきますわ」

 

 私の望み通りの展開だ。しかし、その声のトーンは少し落ち込んでいた。

 

 もしかしたら――。

 

 つーちゃん同様、既になにかを察しているのかもしれない。


 剣さんが監督に断りを入れている間、警備員の一人が再度近づいてきたかと思えば、手には私が捨てた傘があった。どうやら拾って届けに来てくれたらしい。剣さんのおかげで不審者から客人へと一気にランクアップを果たした結果だ。


 私は感謝と、混乱を招いてしまった謝罪を告げ、傘を受け取った。


 剣さんはすぐにこちらへ戻ってきた。


「お待たせしました。行きましょう」


 体育館出入口付近にある傘立てから一本取り、私の半歩前を歩いて校内を先導する。


「ごめんね、練習中なのに急に押しかけちゃって」


「いえ、来てくれるなんて嬉しいですわ。そんなにびしょ濡れになってまで」


「ははは、強引に来ちゃったからね」


「寒くはありませんか?」


「へーきへーき」

 

 これからのことを思えば、寒いなんて言ってられないよ。

 

 豪華で洗練された校舎や施設が建ち並ぶ中、剣さんは正門とは逆、奥へ奥へとアスファルトの道を歩く。それにつれ人通りも段々と少なくなってくる。

 

 しばらく歩くと、白百合の看板を背負うに相応しくない古びた建物の前にやってきた。

 

 敷地の隅、塀に沿うように建つそれは、廃墟に近しいがどこか趣がある。


「これは?」


「旧校舎ですの。現在は使われていませんが、記念として残してあるのですわ」

 

 アスファルトの通り道を外れ、その旧校舎の裏へと回る。


 所々雑草が生えた土の上は、雨のせいでぬかるみ、歩きづらい。だが人を寄せ付けない環境に感謝だ。


「ストップですわ」

 

 突如剣さんが腕を伸ばして私を制した。

 

 何事かと先を覗いてみると、校舎と塀に挟まれた小さなスペースに人がいた。

 

 女子生徒が、ふたり。


「先客ですわね」

 

 雨音にかき消され声は聞こえないが、向かい合ってなにか話している。

 

 他を寄せ付けない雰囲気だ。とはいえピリピリしているかと問われるとそうではなく、独特の緊張感に包まれて自分達だけの世界を構築している、こんな形容が適切だ。

 

 やがてふたりは手を取り合った。続けて片方が傘を畳み、もう片方の隣へ移動。肩を寄せ合いながら、一つ傘の下で自分達だけの世界を維持し、向こう側から出て行った。

 

 ああ、そういうことか。

 

 鈍い私でも察しが付く。


「多いんですの、ああいうの。女子校だからでしょうか」

 

 どうやら剣さんも同じことを思ったようで、羨ましそうに軽く微笑んだ。


 今から私達も似たようなことをする。もっとも、結果は真逆になるけれど。


ご覧頂きありがとうございます。

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