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0071 エンドレスレース(2)

 警備員がいるなんて、さすがお嬢様学校。セキュリティ皆無の海帝山とは大違いだ。


「あのー、すいません」

 

 ひとまず近くの一人に声をかけてみた。すると、こちらを向いてギョッと表情を変える。

 

 他校の生徒がびしょ濡れでやって来たのだ。驚くのも無理はない。


「君大丈夫⁈ 風邪ひくよ⁈」


「あ、いや、そんなことよりも中に入れてもらえませんか? 剣麗華さんという生徒に用があって」


「剣?」

 

 警備員の表情が訝しみを持ったのを見て、名前を出したのは悪手だったと気付いた。


 剣さんはお嬢様が揃う白百合の中でも群を抜いてお金持ちだ。おまけにバスケ部のスーパーエース。そんな有名人の名前を出してしまえば、本当のことでも嘘っぽくなる。


「入門許可証はある?」

 

 案の定、さっきまで心配してくれていた警備員の目は厳しくなった。


「いえ、ないですね……」


「それなら申し訳ないけどお引き取り願えるかな。中に入れるわけにはいかないんだ」

 

 はっきりとした物言いだ。懇願が通じる気配がない。

 

 どうしようかと少し悩んで、ピンと閃いた。

 

 よし、それなら一世一代のはったりをかましてやろう。


「実は私、ここの生徒で」


「他所の制服着てそれは聞き苦しいよ」


 わあ、一瞬でバレた!


 でも……そりゃそうだよね。こんな嘘を信じるようでは警備員失格だ。


「君、海帝山でしょ。困るなあ。あそこは生徒どころか教師も粗暴なのがいるって聞くし」

 

 うちの監督のことじゃん!

 

 タバコを咥え『オラア』だの『コラア』だの怒鳴り声を上げる姿が浮かび、海帝山の品格を失墜させていることを恨めしく思った。同時に、この入門交渉には展望がないと悟る。


「すみません、出直します」


「うん、ごめんね」

 

 剣さんに会うことは諦めた。警備員に軽く会釈し、私は踵を返してここから立ち去る。

 


 ……とでも思ったか。

 

 

 軽く会釈はしたが、踵なんか返さない。

 

 傘をその場でたたんでアスファルトの上に捨てた。

 

 腰を落とし、前を向く。


「え?」

 

 警備員はあっけにとられている。

 

 その後ろ、広々とした校内が視界に広がる中、右前方に体育館らしき横に長い施設を見つけた。


 明かりがついており、心なしかバスケットボールがコートに弾む独特の音が聞こえてくる。ゴールはあそこだ。行く手を阻む警備員は――。


 目の前に一人。その先、道を挟むように二人。さらにその先、同じように二人。

 

 計五人。ちょうどバスケの人数だなと感想を抱いたとき、私の心は熱く燃えた。

 

 不思議なことに、雨が降りしきる白百合の正門がコートのように思えてくる。体育館に辿れりつけば勝ち、その前に捕まれば負けの超変則ルール。相手は五人。私に味方はいない、たった一人。でも余裕だ。私を誰だと思っている。


 神奈川No.1PF、穴吹水琴だぞ。


「あっ、ちょっと君!」

 

 まず目の前の一人、軽々抜き去った。それに気付いた先の二人が構える。が。

 

 ――遅い。

 

 トップギアに入れた私に速さで敵うわけがない。相手はひとつひとつの動作が鈍いうえに、慌てふためき冷静な思考でいられてない。


 またしても軽々抜き去り、最後の二人。今度は少し猶予があったためか、幾分冷静でどっしり構えている。絶対にここで止めてやろうという気満々だ。


 ――いるんだよなあ。こういう無駄に力が入った人。

 

 私は相手の懐に飛び込むと見せかけ、寸前で身を引くフェイクを入れた。すると、勢い余った相手はバランスを崩し、味方同士で身体をぶつけ合って転んでしまった。

 

 ――楽勝だ。……ってあれ? 


 さっきの動きはバスケのドリブルに似た部分があった。そして我ながらではあるが、不調にあえぐ最近では一番動きにキレを感じる。というか、調子が良かったころの感覚そのものだ。


 やった、調子戻ったじゃん。


 海帝山を出る際、監督に対し復調を約束したものの、正直大見得を切ったもいいところだった。だが、これで確証できた。スランプ脱却だ。

 

 思わぬ形でそれを実感できた私は、喜びに満ちた心で体育館までひた走った。


 近づくにつれ、バスケットボールがコートに弾む独特の音が大きくなる。気のせいじゃなかった。白百合バスケ部はまだ練習している。剣さんは、そこにいる。


ご覧頂きありがとうございます。

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