0070 エンドレスレース(1)
心苦しい時間になることは覚悟していた。
だが、まさかこれほど悲惨な結末を招くなんて想像もしていなかった。
長きに渡って培われたものは崩壊し、それどころか遺恨を生む。
大嫌い、と。面と向かって突き付けられた『言刃』の通り、私はつーちゃんに憎まれた、恨まれた。好意は悪意へと変貌し、一切の容赦なくそれを叩きつけられた。
いったい何がいけなかったんだ。どうすればよかったんだ。
頭を抱えたくなる。つーちゃんとの友情は壊れたりしないと信じてたのに――。
『大切なものを大切にしている限りは簡単に壊れたりしない』
ふと、監督から送られた助言が浮かんで反芻してみる。すると、腑に落ちた。
想像もしていなかった――。
信じてた――。
それがダメだったんだ。
悲惨な結末は、私の一方的で甘い考えが原因だ。
とどのつまり、私は大切にできていなかった。
現に、陽菜との姉妹関係は壊れないよう再三の注意を払ってきたけど、つーちゃんとの友情崩壊を危惧したことなんて、一度たりともなかった。
親友に戻れるのは当然だと慢心を抱き、つーちゃんの望みを打ち砕いておきながら、自分の望みを押し付けた。
私は自分勝手だ。振った後にいけしゃあしゃあと、『私達親友でしょ!』なんて言う奴があるか。そりゃ、つーちゃんも怒る。
己の軽率さにほとほと呆れた。後悔に苛まれ、時間を巻き戻したいと実現不可能な願いを抱く。
誰か私にタイムマシンを……。
――ダメだダメだ。
平手で頬を打ち、気持ちを入れ替えた。後ろ向きな思考を振り払って無理矢理前を向く。
だって見据えるべき先は、前にしかないから。
後悔は尽きないけど、それに苛まれて止まっている時間なんてないんだ私には。
過ぎ去った時に対してはなにもできない。だけどこれからやってくる時にだったら、いくらでもできることがある。
スマホを取り出し、時刻を確認した。
午後六時前。今から行けばまだ間に合うはずだ。
行先は白百合女学園。今から剣さんと会って話がしたい。
山の斜面を踏みしめて、東屋の方へ上りなおした。目指すは頂上。そして山の向こう側。海帝山から歩いて白百合に行くには、実はこの公園を山越えするのが一番の近道だったりする。
何回か散歩して確かめたことがあるのだ。おそらく駅まで戻る方が時間がかかるから、今回はそのルートで行こうと決めた。
地面はぬかるみ非常に歩きづらく、滑って転びそうになる。安全面を考慮するならばゆっくり行きたいところではあるが、そう悠長にしていられないのも現実だ。
白百合は強豪だから、ある程度遅くまで練習しているだろうが、今日がたまたま早く切り上げられていたらどうする。あるいは休みだったら……。
不安を抱えながら山を越え、あとはひたすらアスファルトの道だ。
力の限り走る、とにかく走る。傘を差していても、雨は風に乗って横から容赦なく攻めてきた。六月のぬるい雨だろうと体に当たれば冷える。
「寒い……ことはないか」
全力で走って火照った体にはちょうどいい。相殺だ。
そう思い込んで、弱気を吹き飛ばした。日々行う地獄のような練習のおかげもあって、少し走ったくらいで疲れるひ弱な精神と体力ではない。
二十分は走っただろうか。
身長を優に超える高い塀、それらを凌駕する高い建物が煌々と悪天候の中を光で照らし、目印となった。あれが白百合女学園だ。
塀に沿って走っていると、門が見つかった。四車線程度の幅がある広い正門だ。ここから中に入れる。だが、入門が一筋縄ではいかないことを瞬時に悟った。
透明なレインコートの下で威圧を放つ濃淡の制服。厳格な雰囲気漂う記章付きの制帽。
そこには、まるで部外者の行く手を阻まんとばかりに、辺りに目を光らせる警備員が複数人いた。
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