0007 朝食
自室の天井とにらめっこしていた。
容赦なくふりそそぐ朝日がまぶしいが、かといってすぐに起き上がる気にはなれない。
三人の女の子から告白を受ける、そんな衝撃の一日は過ぎ、翌日を迎えていた。
新しい朝だ。十六年間生きてきた中で、最も受け入れたくなかった絶望の朝。
昨日の夜の記憶が曖昧だ。
呆然としたまま食器を片し、呆然としたままお風呂に入り、呆然としたままカーテンも閉めずにベッドに入った。
おかげで今、朝日の存在が鬱陶しくて仕方ない。
振り返ってみると心をどこかに喪失していた。
ま、そうなるのも当然だろう。
私に告白してきた者達は同性だ。
しかもそれだけに留まらず、皆深い関わりがあった者達ばかり。
特に三人目、陽菜から告白の衝撃たるや、私の中では天地がひっくり返るレベルだ。
当然ながら陽菜はこの家に住んでいる。
起床しリビングに向かうと、絶対に出くわしてしまう。
いつもなら嫌がる陽菜を抱きしめて『私流、朝の一日元気チャージ』をするところなのだが、昨日の今日でそれはさすがにできない。
というか、顔を合せることすら気まずくて躊躇してしまう。
とっくに目の覚めた私が布団から抜け出せないのはそれが理由だ。
ところで今、何時だろう?
スマホを手に取る。いつもは充電ケーブルを挿して枕元に置いているが、昨日の混乱はそれすら余裕をくれず鞄の中に入ったままだ。今日一日充電持つかなあ?
「うわっ、もうこんな時間⁉」
確認すると七時半。いつも八時前にはつーちゃんが迎えにくるから、起きて準備を始めなければ。
そういえば、つーちゃんへの返事、まだなにも用意できていない。
もちろん剣さんへの返事も。
昨日の夜考えるつもりだったが、まさかまさかの陽菜からの告白により、そんな余裕はなくなった。
てか、そちらの返事も用意しなきゃいけないのでは?
「あーもうー」
清々しい朝は私には皆無。頭の中はぐちゃぐちゃで、大混乱を極めていた。
だからと言ってこのままベッドの上で考え続けるなんてできない。
そんなことをすれば学校に遅刻し、担任・監督・親、あらゆる人達から叱られてしまう。高校生のつらいところだ。
とりあえず考えることをやめ、渋々起きた。
さて今日はどんな日になるだろうか?
たぶん、平和には終わらない。
階段を降り、リビングに繋がる扉へと手を掛けた。
向こう側には陽菜がいるはずだ。
どんな顔して会えばいいのやら。そしてどんな声をかければいいのやら。
まあ、声に関しては無難に朝の挨拶だろう。無言は感じが悪い。
顔はたぶん、出たとこ勝負になってしまう。
何食わぬ表情を浮かべたいものだが、確実に引きつる。
自身の表情を上手く制御できる自信がない。
「すう……はあ……」
一度大きく深呼吸。
この時間だとおそらく、スマホで動画を見ながらのんびりとトーストでもかじってるはず。
食卓に座り朝食を取る陽菜の姿を思い浮かべながら、意を決して扉を開けた。
……あれ?
陽菜がいた。しかしその居場所は予想と違う。
なぜか制服の上にエプロンを着て、アイランドキッチンに立っている。
そして私と目が合うや否や、眉を吊り上げた。
「遅い! いつまで寝てんの!」
ええ?
付け加えてこの告白以前のようないつも通りの態度だ。
その様子に私は面食らってしまった。
「なにボーッとしてんの?」
「えっ、いや、ははは、なんでもないよ」
「寝ぼけてないでさっさと朝ご飯食べてよね。バカお姉」
あれえ? 本当にいつもと同じだ。
まるで昨日なにもなかったかのような……あっ!
そうだ! 実際になにもなかったんだ! 昨日のは全部夢!
陽菜の告白はもちろん、剣さんの告白も、つーちゃんの告白も全部夢だ!
そうに違いない!
だいたい人生で一度も告白されたことのない私が、昨日だけで三回も告白されるなんておかしいんだよ。もっと早くから夢だと気付くべきだった。
心のつっかえが取れ、気分は一気に晴れやかになった。鼻歌交じりに食卓につく。
「……ん?」
そして一つ気になった。今日の朝食はやけに豪華だ。
いつもお母さんが作ってくれる朝食はトースト一枚に目玉焼きがあればいい方。
作ってもらっている立場でこんなことを言うのもあれだが、お世辞にも手が込んでるとは言えない。
ところが今日はトーストにスクランブルエッグ、カリカリに焼かれたベーコンまであり、脇にはサラダが添えられている。どうしたどうした、なにかの記念日か?
「はい、お姉」
「なに?」
陽菜が近づいて来たかと思えば、豪華な朝食が並ぶ食卓に追加でカップを置いた。
「コーンスープ。ちなみにインスタントなんかじゃないからね」
ええ⁉ おまけにスープまで⁉
「おはよう水琴」
豪華すぎる朝食に圧倒されていたところ、廊下から声をかけられた。
声の主は私のお母さん。きっちりパンツスーツを着込み、出勤間際の姿だ。
「おはようお母さん、今日の朝食はやけに豪華だね」
「ねえ! 陽菜が作ってくれたのよ!」
「え⁉」
なんとなんと、この豪華な朝食の作り手はお母さんじゃなく陽菜⁉
「朝食だけじゃなくてお昼のお弁当もよ。今朝、やけに早起きしてるなと思ったら『お姉のご飯は三食あたしが作る!』とか言い出しちゃって」
「うるさい!」
内情を暴露したお母さんに、陽菜が顔を真っ赤にしながら怒鳴った。
てか陽菜、そんなこと言ったんだ。なんで急に……いや。
別に急ではない。
昨日の出来事が、やはり夢ではなく現実だとしたら、行動の意図は読めてくる。
お母さんは「相変わらず反抗期ねえ」と嘆息しながら、手に持つ小さな手提げ袋を掲げた。いつもお弁当を入れているランチトートバッグだ。
「で、私もおこぼれを頂いちゃった。料理上手のいい娘に育ってくれてお母さん嬉しいわ。もうどこのお嫁にやっても恥ずかしくないわね」
昨日の私と同じこと言ってる。ま、私は思っただけで声には出さなかったけど。
そんな感想を抱いたのもつかの間、陽菜が口を開いて呟いた。
「お嫁に行くならお姉のとこに行きたいなあ……」
おそらく誰に聞かせるつもりでもなかったのだろうが、意志とは裏腹に私の耳にしっかり届く。
そしてお母さんの耳にも。
「あらぁ~いつの間にそんなお姉ちゃん子になったの?」
「えっ、えっ、聞こえてた⁉」
尋ねられたので、私は目をそらしながら「うん」と頷いた。
お母さんはこれでもかとニヤニヤして私に言う。
「水琴、陽菜をよろしくね」
よろしくされちゃったよ。親公認の仲ってやつ?
「だからうるさい! さっさと仕事行けば!」
「はいはい。行ってきまーす」
明るく軽い声を残して玄関へ向かうお母さん。
これから仕事だというのに楽しそうだ。
対照的に、私の心中は複雑極まりない。
このやりとりで昨日の出来事がやはり現実だったと確信し、さっき取れた心のつっかえがまた蘇る。
ガチャリ、と玄関扉の閉まる音がした。家の中は私と陽菜の二人きりだ。
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