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0068 レイニーエンド(2)

 心が抉られる気分だ。断った側でこれなら、断られた側は計り知れない。

 

 そこからつーちゃんの返事がくるまでたっぷり待つ。つーちゃんは視線も肩も落ち切っていたが、憂いを帯びた表情の中には、どこか穏やかさも感じられた。


「やっぱりね」

 

 ようやく口を開いて、まるで予感していたかのような言葉。


 やはり、察していたのか。


「わかってた?」


「うん、なんとなく。だって急な呼び出しで、みーちゃんずっと悲痛な面持ちだったから」


「そうだったんだ」

 

 自分のことなのにまったく気づかなかった。


「ごめん、迷惑と心配かけて」


「謝ることないよ。そんな表情になるくらい悩んでくれたってことでしょ。この場所を選んだのだって、誰にも聞かれないようにと気を遣ってくれた。だからわたし、とても嬉しい」


「そう……」

 

 これほど想いの込もっていない上辺だけの『嬉しい』は初めて聞いた。だが、この発言こそつーちゃんの気遣い。嬉しいとは対極の感情が渦巻く中で吐いた、優しい嘘だ。


「かなわないなあ」

 

 穏やかな表情を維持したまま、消え入りそうな声でぼそりと呟く。

 

 想いが叶わなかったってこと? かと思いきや――。


「陽菜ちゃんには負けたよ」

 

 まさかまさかの言葉だった。『叶わない』ではなく『敵わない』だったわけだ。


「気づいてたの?」


「何年幼馴染みやってると思ってるの? みーちゃんが自覚する前からわたしは気づいてたよ」


 自覚する前から、か。

 

 じゃあ私はどれだけの間、内に秘めていたんだろう? 


 一年? 三年? いや、それよりずっと前だった可能性もある。つーちゃんに聞けばわかるかもしれないが、それはなんとなく失礼な気がしてやめた。


「今日はずっと様子がおかしかったもんね。もしかしたらついに自覚したのかも……と思っていたら案の定。そしてすぐわたしを振るんだから、清々しいくらいの行動力見せつけられちゃった。まあ、そんなところも好きだったんだけど」

 

 虚ろな目をして、「あーあ、終わっちゃった」

 

 絞りだされたその声は、未来も希望もないとばかりに、悲痛そのものだった。


 落胆しきったその姿は、柵にかけていた傘を開いて外を見やる。


「じゃあね、みーちゃん」

 

 そして別れの言葉を告げ、雨が降りしきる来た道を戻ってゆく。

 

 ひたひたと、ぬかるんだ土の上を進む足が遠ざかってゆく。


「あ、えっと、じゃあねつーちゃん、またあし――」

 

 また明日と、言おうとして口を噤んだ。

 

 つーちゃんとの明日はちゃんと来るのか?

 

 少し雨に濡れた後ろ姿が小さくなるにつれ、その危機感は大きく膨らんで寒気がした。


 この場限りの別れの言葉だよね?

 

 いつものサヨナラの挨拶だよね?

 

 明日もまた会えるよね?


 ――いや。認めたくない、けど。


 悲痛な声で『終わっちゃった』と発したつーちゃんは、永久の別れを示していた。


「終わりじゃないよ!」

 

 必死に呼び止めた。誰かに聞こえたとしてもこの際どうでもいい。


「私達親友でしょ!」


 だってとにかく、終わらせたくなかったから。


「その関係は続くよね!」

 

 だから人目を気にすることなく叫ぶ。力の限り叫ぶ――。


「うるさいなあ」

 

 ――え?

 

 雨音に混じって、つーちゃんの声がした。

 

 うるさいなあ、と背中を向けたまま私を疎ましがる声がした。

 

 信じられない。そして聞き間違いだと信じたくて、


「つーちゃん、私達はこれからも親友だよね?」


 もう一度尋ね直す。

 

 すると、今度はくるりとこちらを向いてくれた。口を開いたつーちゃんから、今度こそ確かなその言葉を聞く。


「うるさい」

 

 はっきりと言い切られたそれは、雨をかき分け私の耳にスッと収まる。

 

 口元の動きからも、聞き間違いじゃなかったことがわかった。

 

 目の辺りを見やると、感情が抜け落ちきっていた先ほどとはうって変わって、憎悪や侮蔑に似た負の感情に渦巻く視線が、私を刺していた。


「うるさいうるさいうるさいうるさい」

 

 その視線を余すことなく浴びせながら、つーちゃんはこちらに接近する。

 

 どんどん近づく距離とは裏腹に、心の距離は離れていくような気がした。びちゃびちゃと足音が鳴る度、私達が長い年月を経て築き上げてきた関係が、壊れてゆく。


「ふざけないで」


 そして至近距離になって手が伸びて、つーちゃんの手が私の首元を掴む。

 

 瞬間、なにかが完全に崩壊した。


「もうみーちゃんの言葉なんか聞きたくもない。わたしはみーちゃんのことが好きだった、恋してた、愛してた。でも、振られた。だから終わりなんだよ。そうやってこっちは割り切ろうとしているのに、よくのうのうとこれからも親友だよね、なんて言えるよね。その呑気なところ、今は大嫌い。虫唾が走る。私がどれだけ好きだったかも知らないで。どれだけ惨めな気持ちになったかも知らないで。わたしはみーちゃんが全てだったんだよ。みーちゃんしか要らない。だからみーちゃんにもわたししか要らないって言ってほしかった。体も心も全部を抱きしめ合って、わたしはみーちゃんを、みーちゃんはわたしを、互いに独占し合う関係が作りたかった。この気持ちわかる? わからないよね、こんなにあっさり振って、挙句親友に戻れるとか思っちゃうくらいバカだもんねみーちゃんは。陽菜ちゃんが好きなんでしょう? わたし以外の女の子が好きなんでしょう? なんで? どうしてよりによって女の子なの? これが男の子ならまだ我慢できた。もちろん、恋人の座を他の人に奪われるってことには変わりないから悔しいんだけど、みーちゃんの好きな人が男の子なら、わたしは同性として、同性同士にしかわかり合えないことを共有しあえる立場でいられたのに。みーちゃんと話題を共有するだけのために、わたしも彼氏作って、ダブルデートしたり、あるいは愚痴とかで盛り上がって。将来的にはお互いの子供を結婚させて親族になるとかできたのに。でも、それすら叶わない。だってみーちゃんは女の子を好きになっちゃったもん。そうなるともうわたしが立ち入る隙なんて一ミリもないじゃん。恋人にしかわかり合えないこと、同性にしかわかり合えないこと、おまけに陽菜ちゃんだから家族にしかわかり合えないことだって。なにもかも、全部を全部取られちゃう。わたし、要る? 要らないよね? みーちゃんのために担える役割なんてなにひとつないし、いてもいなくても変わらないじゃん。いや、そもそもいたいとも思わない。会話したくない。顔も見たくない。みーちゃんなんて、大っ嫌い!!!」


ご覧頂きありがとうございます。

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