0067 レイニーエンド(1)
朝からの雨はまだ降り続いている。
放課から一時間ほど経過した午後五時だ。部活生にしては早い帰宅、帰宅部生にしては遅い帰宅となった今、学校周辺の人通りは極めて少ない。
そんな中で、私とつーちゃんの傘が二つ、横並びで揺れていた。
『マネージャーも連れて行きます』
その申し出は『ああん?』と一度は反感を買ったものの、少し悩む素振りを見せられた末に『好きにしろ』というお言葉を頂戴し、今に至る。
監督は体育館に戻って、部員たちに鋭い視線を飛ばしていることだろう。よく考えたら、地区大会の開幕が近い。
「ねえみーちゃん、今からどこ行くの?」
つーちゃんが困惑混じりに問うてきた。
『今からちょっと出れる? 監督には許可貰ったから』と。行先も告げず強引に連れてきたから、そうなるのも頷ける。
といっても、体育館でストップウォッチを握るつーちゃんに声をかけた時点では、私自身も行先の目星なんてついていなかった。
――どこか二人きりになれる場所がいい。
思案して、浮かんだのはつい先ほど。校門を出た直後あたりだ。
「公園行こ。昔よく行った山になってるとこ」
「ああ、あそこね」
幼馴染というのは便利なもので、培ってきた時間が長いから、言葉少なめでも相手のことを理解できる。今のやりとりみたいに。
だから、これからする話も、わかってくれるよね――?
学校の裏手に周り、大通りから外れて駅から遠ざかるように歩くこと二十数分。
住宅や夏野菜が植わった畑が点在する横浜っぽくない田舎道の先に、その公園はある。
公園といっても遊具などはなく、標高五十メートルにも満たない低い山を気持ちばかり整備して作ったような場所だ。その雑さがむしろ自然を感じられていいと好評を集めているみたいではあるが。
所々雑草が伸びた土の山道を中腹まで登る。
「つーちゃん、ここで」
「わかった」
指を差した東屋に入り、私達二人は傘を畳んだ。
四畳半ほどの広さのそこに先客はいなかった。春や秋のような気候のいい時期は、散歩の休憩に立ち寄るお年寄りや、わざわざゲームにいそしむ小学生がいたりするが、六月の蒸し暑い気候はそれに適さないようだ。今日は雨が降っているからなおさらだろう。
だが、それがいい。それを見越したからここに来た。
今からするのは、人様には聞かれたくない話だ。
「昔はここでよく遊んだよね」
円形の東屋をぐるりと囲む柵に傘をかけて、つーちゃんが言った。
「春は桜を見たり、秋はどんぐりを拾ったりしてさ」
雨が降りしきる外に向かって。かと思えば、東屋の古びた丸太の椅子に向かって。
キョロキョロと落ち着かない目の動きであるが、それが私と重なることは一度もない。
私は、視線をつーちゃん一点に留めているにもかかわらず。
「今からやろうか。あ、でも桜は咲いてないしどんぐりも落ちてないね。じゃあなにして遊ぼうかなあ」
つーちゃんはペラペラとひとりで喋り続けている。会話を試みていても、対話は避けていた。
第一、こんな所へ急に呼ばれておきながら、その理由をまず尋ねないというのはおかしい。
もしかしたらもうすでに、なにか察するものがあるのかもしれない。
だったらこんな現実逃避みたいな時間、早く終わらせてあげなきゃつらいだろう。
「……あの!」
雨音を切り裂くような私の声で、つーちゃんはようやく視線を合わせる。
怯えるような、今にも泣きだしそうな、弱々しい表情だった。
「なあに?」
「告白の返事、いい?」
単刀直入に本題を切り出す――。
強い気持ちで高い理想を持った。そしてそれを実現するためには、先にケリをつけるべきことがある。
正直、躊躇する。でも包み隠さず真っすぐ伝えることが、私にできる最大限の誠意だと思う。
「うん、どうぞ」
つーちゃんが軽く頷くと同時に、雨音が大きくなった気がした。
他の人には絶対に聞かせまいと、神様が私達を気遣ってくれたのかもしれない。
私は天のご厚意に甘え、はっきりと――
「ごめん。付き合えない」
自分の想いを告げた。
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