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0065 PFとPGと、姉と彼女と(1)

「それじゃあ今日も張り切っていこう、まずはランメニューから開始!」

 

 放課後、部活が始まり、監督が気合と威厳を込めた指示を皆に飛ばす。

 

 はて、私は今日どんな一日を過ごしたのだろうか? 

 

 長い朝の散歩から帰宅すると、まもなくつーちゃんが迎えに来て、私の顔色を心配。


「大丈夫、ただの寝不足だから」と強がりをし、その後は呆然としたまま時間が過ぎていった気がする。

 

 授業中、とくに頭を働かせていたわけではないが、居眠りはできなかった。


 おかげで寝不足の体はすでに悲鳴をあげているが、学校へ来ている以上、部活を休むという選択肢はない。そんなことをすれば正面にいる監督、もとい鬼から詰問を受けてしまう。


 さて、騙し騙しでなんとか乗り切ろう。


「あと穴吹はちょっとこっちこい」

 

 ……え?

 

 監督の険のある声に体が固まった。

 

 額から昨日とは種類の違う冷や汗が流れる。純度百パーセントの恐怖だ。

 

 監督はこちらに睨みを利かせながら、つーちゃんに「任せた」とストップウォッチ渡し、掌を上に向けて『来い』とジェスチャー。


 部員達から気の毒そうな視線が刺さる中、為す術も無く連れて来られたのは体育教官室だ。


 ここは運動部の顧問を受け持つ教師たちにあてがわれた部屋であり、問題を起こした生徒が説教を受ける場所にもなっていることから、取調室と呼ばれている。もっとも、その別名で呼んでいるのは生徒側だけだが。


 中は職員室のように机と椅子が並べられ結構広いが、パソコンや教材は少なく、代わりに運動器具や部活に関する書類などで非常に散らかっていた。


 ちなみに監督と私以外に人はいない。スポーツが盛んなこの学校で月曜から休みを設ける運動部は存在しないから、どの先生も持ち場で監督業を果たしているのだろう。


「奥に行くぞ」


 監督が指さす先に、パーテーションで区切られた空間があった。


 びくびくしながら付いて行くと、簡素な机を挟んで椅子が二つ。私は奥側に座るよう促され、入り口側の椅子にかけた監督と向かい合った。


 本当に取調べが始まりそうな雰囲気だ。私は無実だぞ。


「……」


「……」

 

 監督はなにも話してくれない。自分から連れてきておいて。


「あの、なんでしょう?」


 重苦しい沈黙に耐えきれなくなって、私から口を開いた。

 

 監督は言葉より先にギロリと視線で応える。

 

 ――ひぃ、嵐が来るぞ。

 

 脳が全身に警報を鳴らしたが、かといって逃げるなんてできないので、身構えるしかない。

 

 ようやく口を開いた監督から、想像通りの『口撃』が放たれる。


「なんでしょうじゃねえだろコラアァ……! ぶっ殺すぞオラアァ……!」

 

 下からはらわたを握り潰されるような低く響く声で、コラアとオラアのワンツーパンチだ。

 

 片方ずつなら受けたことはあるけど、両方いっぺんというのはさすがに初めて。

 

 冷や汗は滝のようになり、恐怖のあまり返す言葉がない。


「言わなきゃわかんねえなら言ってやるよ」

 

 監督はそう吐き捨て、勢い任せに足を組んだ。その際に足が机に当たり大きく位置がズレたが、気にとめる様子もなく続ける。


「ここ一ヶ月のお前は酷い、酷すぎる。パスは通せねえし受け取れねえ。シュートは決められねえしアシストもできねえ。リバウンド等のリカバリーも全然ダメだ。おまけに十八番であるはずのドリブルも、一人ゴム鞠で遊んでるのかと勘違いしそうになるほど不出来だぞ。逆になんだったらできるのかとこっちが聞きたいわ」

 

 またしても私は言葉を返せなかった。もちろん恐怖のせいでもあったが、それだけではない。監督の言うことがすべて正論だったからだ。

 

 反論の余地もない正論を突きつけられ、培ってきた自信を粉々に砕かれる。私は打ちのめされていた。


 そんな状況で監督の正論は止まらない。今度はズイッと身を乗り出したかと思えば、私の顔面を鷲づかみにして言う。


「今日に至っては話にならん。なんだこのでけえ隈は。調子云々以前の問題だ」

 

 こめかみに親指と中指が食い込んで痛い。

 

 監督の怒りが力となって直球的に伝わってくる中で――。


「すいません……」

 

 私はようやく声を吐き出した。弱々しく、蚊の鳴くような小さな声だった。


「チッ」

 

 監督の舌打ちが聞こえた。


 同時に私は放り投げられるように解放され、監督は椅子にふんぞり返った。だがその表情はかなり不満げで。


「すみませんじゃねえんだよ。謝ってる暇があるなら調子戻せや」

 

 天井に向かってそう呟く。

 

 そのあと私に視線を合せて問うてきた。


「基礎連では動けているから怪我じゃねえよな」

 

 もっとも、ばつの悪さを感じた私が、すぐ視線を逸らしてしまったため、合ったのは一瞬だったが。


「……はい」


「精神的なもんか」


「……はい」


「治るか」


「……いいえ」


「チッ、めんどくせえもん患いやがって」

 

 監督は二度目の舌打ちで詰問を切り上げたかと思えば、ジャージのポケットから紙タバコと使い捨てライターを取り出し、なんと一服し始めた。


『校内は全面禁煙では……』

 

 ふと頭によぎったが、注意する度胸なんて私にはない。そんなことをすれば一喝どころか一発くらう。

 

 ビクビク震えながら監督の一服を眺めるだけの時間が流れる。


 途中、ここだけがパーテーションで区切られている意味を理解しそうになったが、運動部顧問達の暗黙の了解に守られている聖域に踏み込む様な気がして、思考から消し去ろうとした。


 あ、机の引き出しから灰皿が出てきた。やっぱりそういうことか。


「よし」と。監督がドスの利いた声を上げたのは、じっくり一本吸い切ったときだ。

 

 続けざま放たれた言葉に私は――


「穴吹、お前PG(ポイントガード)やれ」

 

 しばし唖然となった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分の心を認識して葛藤している様の描写はいいと思います。 [気になる点] 監督の行為。 ・校内前面禁煙エリアなのに生徒の目の前で、自前の灰皿持ち込んで喫煙 ・挙句に生徒の顔面鷲摑み。 本当…
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