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0061 金のメダルと青き春―フェイズ陽菜―(6)

 初めての試合観戦をきっかけに、あたしの心境は大きく変化した。

 

 お姉にべたべたされるのが嫌でなくなったどころか、むしろその展開を望む自分がいた。後ろからギュッと抱き着かれると嬉しくなる。


 だから「お姉大好き」と好意を正直に返した。同時に胸が変な音を鳴らして、それはよくわからなかったけど。

 

 加えて、明るいお姉と過ごす時間を重ねるうちに、引っ込み思案な性格が消え、学校でも友達ができるようになった。


 積極的な気持ちが芽生え、料理に挑戦するようにもなった。仕事で忙しいママとパパに代わって、お姉を食事面でサポートしたいという気持ちも強かったからだ。

 

 そうして毎日を楽しく、そして少しのドキドキを混じえて過ごす中、あることが起きる。

 

 あれはあたしが中学入学を目前に控えた春休みのことだった。


「陽菜、お風呂入ろうか」

 

 大抵お姉と一緒に入っている。だからなんてことない誘いのはずだが、実はこのころ、あたしは体が女性的になりつつあって。


 さらにお姉も、まな板のようだった胸が、遅ればせながらほんの少しだけ膨らみ始め、見るのも見られるのも恥ずかしく、最近はお風呂がちっとも落ち着かない時間となっていた。


「ナイスバディになってきたと思わない?」


 一方でお姉は恥ずかしげもなくそんなことを言って、丘陵レベルの胸を惜しげもなく見せつけてくる。


 そのフランクな態度に救われる反面、まじまじと見せつけられたことで、胸の変な音はさらに大きく強く高鳴り、苦しかった。けれどなんてことないフリをして乗り切ってきた。

 

 しかし、そんな継ぎ接ぎも長くは続かない。

 

 やがて決壊のときがやってくる。それがたまたま今日だった。


「陽菜ー、石鹸取って」

 

 風呂場、当然、裸と裸。

 

 一糸まとわぬ姿のまま、お姉はなんと後ろから抱き着いてきた。

 

 当たる。背中に当たる。浅く小さいが、たしかな柔らかさを持ったものが――。

 

 その瞬間、あたしの胸の中でなにかが大爆発した。

 

 グルグルと目が回り、視界が不鮮明になる。

 

 腹の奥からなにかが突き上げてくる。

 

 お姉の体温が伝わってくる。どうしようもなくなって――。


「もうお姉と一緒にお風呂は入らない!」

 

 そう叫んでお姉を振り払い、逃げるように風呂場から出た。

 

 その後、どうしたのかは自分でもよくわからないが、少し冷静になったときには既にパジャマに着替え、自室のベッドで布団にくるまっていた。


 湯船に浸からなかったのに、のぼせたような感覚だ。


 体が熱い。眠れないほど火照っている。


 フワフワと宙に浮くような感じがして、対照的に心臓はズシリと重たい。


 今もなお、激しいくらいに鼓動が主張し続けている。


「お姉……」

 

 呟いてみた。

 

 背中に当たった柔らかい感触が思い起こされて、充足感と罪悪感が入り混じる変な気持ちになった。

 

 意識したのは今日が初めてだが、ずっと前からこんな気持ちは、よくあった気がする。


 過去を辿れば、初めてお姉の試合を観戦した小二の冬、あの日が一番最初だ。


 

 なるほど、なるほど。……わかった。

 

 

 別に急ではない。むしろ予定調和、いつかは気づくことだっただろう。それが今日だっただけだ。

 

 予感が、確信に変わったのが、今日というだけだ。


「……好き」

 

 あたしは、お姉のことが好きだ。恋愛的な意味で。

 

 女の子同士だけど、姉相手だけど、熱い想いが止まらない。


 お姉の彼女になりたい。お姉を彼女にしたい。

 

 姉妹の関係だけでなく、恋人同士という関係が、欲しい。

 


 その日を境にあたしは、俗に反抗期と呼ばれる時期に突入した。

 

 お姉とお風呂に入ることを断固拒否し、後ろから抱き着かれても「きもい」とか「うざい」とか言って悪態をつくようになった。


 もちろん本気でそう思っているわけではなく、照れ隠しの反抗だ。本音では相変わらず心地よくて嬉しくて仕方なかった。


 ちなみにママは普通に鬱陶しかったので、その気持ちを余すことなく率直にぶつけた。まあ、これは余談としてさておき……。


 全部が全部、反抗的だったわけではない。

 

 あたしが入学を決めた中学校は自由な校風を売りにしている私立校だった。

 

 髪型も自由。染髪まで認められている。

 

 さすがにこの校則を活用する機会はないと思っていたのだが、丁度よかった。

 

 入学式を明日に控えた春休み最終日、あたしは美容院に向かった。

 

 桜が舞う道で、春の香りを浴びながら、自然と鼻歌やスキップが出る。

 

 景色に向かってもう一度呟いた。


「お姉、好き」


 春が来た。街並みにも、あたしの心にも。

 

 どちらも暖かな喜びに満ち、フワフワと飛んでいきそうな陽気だ。




「「……な、なにそれ」」

 


 

 美容院から帰ってきたあたしを一目見て、お姉とママは固まった。

 

 そして一分くらい沈黙があり、揃って出た言葉がこれ。


「別にいいじゃん」

 

 全体を金に染め、毛先だけ青に染めてみた、あたしの派手なニューヘアー。

 

 いい色だ。人はまるで反抗の象徴みたいに扱うが、まったくもって逆。

 

 胸に秘めた真っ直ぐな想いをこの二色に預けている。

 

 そう――。


 好きの裏返しで反抗的な態度しか取れないあたしだが、髪型だけ素直になってみた。

 

 一番を意味する金色と、お姉の好きな青色。

 

 二つを合わせて、お姉が一番好きって意味。


ご覧頂きありがとうございます。

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