0060 金のメダルと青き春―フェイズ陽菜―(5)
市立体育館場外、チームで楽しそうにミーティングする姿を遠くから眺めていた。
やがて「ありがとうございました!」と全員の大声で締めたかと思えば、新しいお姉ちゃんは気づいていたのか、間髪入れずこちらを振り向く。
「陽菜!」
続けて声が掛かる。ママとパパもいるのに、あたしだけに向けて。
いつもの笑みを浮かべて、脇目も振らず駆け寄ってきた。
「今日は来てくれてありがとう。どうだった?」
「まあ、上手いなあって」
「へへへ、そうでしょう。陽菜のおかげでMVPまで取れたよ」
「ふうん」
別にあたしはなにもしていないけど……。
そんな野暮な反論は、太陽のような笑顔に封じられた。
MVPの証である金色のメダルは、今もなお新しいお姉ちゃんの元で輝いている。
しかしなにを思ったのか、おもむろに首から外し、
「あげる」
なぜかあたしの首にかけた。ええ、どうして?
「いらないの?」
「それはちょっと違うかな。陽菜にあげたいの」
「どうして? 大切な物じゃないの?」
少なくとも気軽にプレゼントできるような物ではないはずだ。
MVPの金メダルなんて、あたしはどんな分野だろうと一生取れないと思う。
「うん、大切な物だよ。だから陽菜にあげる」
「……?」
論理がよくわからないため言葉を返せずにいると、新しいお姉ちゃんは続けて言った。
「金色ってね、一番の証なんだよ。一番の人じゃないと貰えないんだ。だから、私にとって一番大切で一番大好きな陽菜にプレゼントするの」
……おお。
頭がクラクラするくらい真っすぐな言葉を受け、あたしは倒れそうになった。
それと同時に、出会って以降貫き通していた頑固なものが崩れ去るのを感じた。
新しいお姉ちゃんは、今やあたしの元に移った金メダルを手に取り、指先で弄んで角度を変えながら眺めている。
「うん、一番の陽菜には一番を表す金色がよく似合う」
恥ずかしがる素振りすら見せず、はっきりそんなことを告げる新しいお姉ちゃんは、かっこよくて優しい。
今だけに限らず、コート上でもかっこよかったし、出会ったときからずっと優しかった。
好意を露わにして、ひとりぼっちのあたしをいつも抱きしめてくれた。物理的な意味でも、精神的な意味でも。
それなのにあたしは――。
ずっと意地を張って、反抗して、余所余所しく可愛げない態度ばかりとっていた。
そんなあたしなのに――。
一番大切で、一番大好きって言ってくれる。
物好きだなあ、新しいお姉ちゃんは。――いや、お姉ちゃんは。
おかげで絆されちゃったじゃん、バカ。
「ありがと」
とりあえずお礼を言って、ずっと言えなかった言葉を声にしようと試みる。
ところがいざ言おうとすると、喉に引っかかって、なかなか出てこなかった。
心の準備にたっぷり数秒要した末に、
「……お姉」
ようやく言えたそれは、恥ずかしさのあまり途中で切れてしまった。
それでもお姉ちゃんは、そんな中途半端なものでも大切に抱き取ってくれる。物理的精神的、いつものように二つの意味で。
「陽菜ぁ~! もっと言って~!」
「……お姉」
「もっともっと~!」
「……お姉」
お姉ちゃんの腕に強く抱かれ、バカみたいなやりとりを何度も繰り返す。
周りの目が気にならないわけでもなかったが、けれどそれを軽く上回るほど心地良かったから、されるがままになっていた。
こんなので幸せになっちゃう自分は本当にバカだ。
恍惚した表情を浮かべているお姉ちゃんも当然バカだ。
でもまあ、これでいいよね。
だってあたしたち姉妹だから、あたしたちにしかわからないことがある。
そうでしょ、お姉。
「陽菜のためにまた金メダル取るよ」
ふと耳元で囁かれたそんな言葉にドキリとした。
見上げたその先にあったのは、初めて見た自信に溢れる挑戦的な笑み。
優しいとは少し違う、かっこいいでは少し言葉足らず。
そしてあたしの胸は、少しおかしな音を上げ続けた。
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