0006 妹から(2)
鬱陶しがられながらリビングに移動し、いつもより遅い夕食を取る。
私の正面に陽菜が座り、こうやっていつも二人きりで食べている。
両親はどうしているのかというと、証券会社に勤めるお母さんは仕事が多忙らしく二十二時くらいにならないと帰ってこない。
お父さんは総合商社に勤めており、今はニューヨークに単身赴任中だ。
二人きりの夕食でも寂しさはない。
いつも私が話を振り、陽菜が「はいはい」と愛ある相づちを打ってくれる。
念押しするけど、適当な相づちじゃないよ。愛ある、だからね!
けれども今日は、私の口数が少ない。いや、ゼロだった。
理由は明白で、今日の告白×2を振り返っていたからだ。
親友から、ライバルから、私は告白された。そしてその返事を用意しなくてはならない。
陽菜に抱きつく癒やしのひとときで一旦は忘れていたが、食卓の椅子に座った途端、押し寄せるように悩みが主張し始めた。
「はあ……」
今日何度目かわからないため息も漏れる。どうしたものかなあ……。
「あの、お姉?」
「ん?」
陽菜が口を開いた。向こうから話を振ってくれるなんて珍しいこともあるもんだ。
「今日のご飯、おいしくない?」
「え、いやいや、そんなことないよ」
不安げな表情で問うてくる陽菜に対し、私は即座に否定した。
この時間帯に両親が不在、加えて私が料理下手ということもあり、平日の夕食に関してはすべて陽菜にお願いしている。
陽菜はとにかく料理上手だ。その腕前は姉贔屓抜きにプロレベルと言えよう。
今日の献立である鯖の味噌煮だって、身はフカフカ皮はホロホロ、煮崩れ寸前のギリギリラインを上手く攻めており、味付けも特売の安い味噌を使ったとは思えない芳醇で深みのある香りを染み渡らせている。この旨みは和食の名店だって白旗を揚げるだろう。
「いつも通りとっても美味しいよ」
もうどこにお嫁にやっても恥ずかしくない自慢の妹だ。
まあ私の目の黒いうちはお嫁になんてやらないけどね!
「ほんとに美味しい?」
「ほんとほんと。……なんでそんなに不安になるの?」
「だってお姉、いつもはペラペラ喋って無駄に元気なのに、今日はため息なんてついているから」
ああ、そういうことか。
「いやね、今日は本当に色々あったんだ」
過去に類を見ないほどの衝撃に二回も見舞われた。
そして今現在も悩みの種となり、私の思考を侵食する。
「ははは」と力なく笑った。すると陽菜は何気なしに言う。
「なにがあったの?」
「え?」
「なにがあったのか聞いてるの!」
聞き返しただけなのに声を荒げられた。まったくもう、反抗期だなあ。
「えーと、それは……内緒!」
告白された、なんて出来事を妹との話題にするのもおかしな話だ。
しかも相手が女の子という少々イレギュラーな部分もあるから余計に。
「ふーん、言えないんだ」
しかし、陽菜からは幻滅とばかりにジトリとした目を向けられた。
「普段あれだけベタベタしてくるのに言えないんだ。どうでもいいことはベラベラしゃべるくせに肝心なことは言えないんだ。お姉の言う「好きだよ陽菜」は嘘なの? 本当に好きなら……なんでも話せるよね!」
ええ……怒るポイントがよくわからない。
隠し事されるのが嫌なのかなあ?
「わ、わかったよ……」
圧に押される形で私は口を開いた。
まあ、陽菜に話したところで広まったり、変な噂になったりはしないだろう。反抗期真っ只中でも、そういう気遣いはできる子だ。
「実はね、お姉ちゃん、告白されちゃって……」
言うと、陽菜の目が点になった。
しばしの沈黙があったのち、消え入るような声で、
「……え?」
嘘でしょ、とでも言いたげな反応だ。
そんな風なのにもかかわらず、半ばやけくそになっていた私は重要な情報をたたみかける。別にここで話を切っても不自然じゃないのに。
本当は誰かに相談したかったのかもしれない。一人で背負いこむには少々重すぎた。私がされた告白は、あまり例を見ないものだから。
「相手は女の子なんだ。しかも二人……」
今度は特に反応はなかった。
陽菜は俯き、私に表情を見せない。
今、どんな顔をしているのだろうか?
女の子二人から告白を受けた姉のことを、妹はどう思うのだろうか?
やがて、顔が上がる。少し予想外というか、眉を吊り上げて強気の表情をしていた。
『女の子から告白? お姉も女なのに意味わかんない!』
発する言葉があるとすれば、こんな感じだろうか?
しかし陽菜が実際に言い放った言葉は、これまたかなり予想外のものだった。
「ダメ」
「……ダメ?」
「どっちとも付き合っちゃダメって言ってるの!」
「な、なんで?」
困惑気味に言葉を返す。
だって、付き合う、なんて先を見据えた話をされたから。
なおかつ拒否の断を下せというのも意図が読めない。
陽菜は両手をテーブルに思い切り叩きつけ、勢いそのままに立ち上がる。
強気の表情は変わらなかったけど、その顔はなぜか茹でたように真っ赤で、目は潤んでいた。
「お姉のことが一番好きなのは……あたしだもん!」
今度はこちらの目が点になった。しかしそれも一瞬。
「えっ、やった!」
私の顔は自然と綻んだ。
だって陽菜、私に嫉妬してくれてるってことでしょ?
小さな男の子が、大好きだった親戚のお姉さんの結婚式に参列して、『お姉ちゃんと結婚するのは僕だもん!』って駄々をこねるのと同じ系統の嫉妬だ。
まったくもう、普段は『お姉なんて大嫌い!』とか言って毒を吐いてるくせに。
陽菜ったら可愛すぎる! そして嬉しすぎる!
私は手を伸ばし、陽菜の頭を優しく撫でる。
「お姉ちゃんも陽菜のことが大好きだよ」
「ほんと⁉」
「うん、もちろん本当だよ」
そう告げて、なおも頭を撫で続けてあげる。
すると陽菜は「えへへ」と少し照れを含んだ笑みを浮かべた。
くうぅ、可愛い! 今の顔を写真に撮って部屋に飾りたい!
「大好きに決まってるじゃん。だって世界にたった一人しかいない大切な妹だもん」
途端、笑顔がしぼんだ。
あれえ? なんで? なんか変なこと言った?
陽菜の表情はなんだか切ない。頭に置いたままの私の手を掴み、ゆっくりと下ろす。
「お姉は勘違いしてる」
「勘違いって、なにが?」
「お姉は、あたしのことが妹として好きなんでしょ?」
「え、うん。そりゃもちろん……ん?」
なんだろう、猛烈に嫌な予感がする。
私は陽菜が好き、陽菜も私が好き。
同じ好きのはずなのに、なぜか相違の予感。
同時に、今日だけで二回もあったあの出来事が頭をよぎった。
まさか、陽菜も……?
いやいや、さすがに妄想が飛躍しすぎている。
そりゃ二度あることは三度あるっていうけれど、まさかねえ。
「あたし、お姉が好き。けどこれは、家族に向ける感情じゃない」
ひゅっ、と喉が変な音を鳴らした。
「ちょっと待って陽菜!」
予感が現実になる気がして、なにかが壊れてしまう気がして、言葉を遮ろうとした。
けれども陽菜は、かまわず想いを紡ぐ。
「ずっと我慢しようと黙ってた。姉妹なんだから仕方ないと自分に言い聞かせていた。でも今、お姉が告白されたと聞いて、危機感と嫌悪感でいっぱいになった。お姉があたし以外の人と付き合うなんて、絶対、絶対、ぜっーたい嫌! だから、あたしはもう我慢しない。あたしはお姉の妹で終わりたくない。大好きだから、恋しているから」
恋。
確かに家族に向ける感情じゃないものが、陽菜の口から告げられた。
意志の固さを示すように、まっすぐ私を見る。
とっても可愛い妹、ただそれだけだったその子は、また真っ赤な顔で、涙目になっていた。
「あたし、お姉の彼女になりたい」
これで三回目。
私は今日だけで、三回も告白を受けた。
一人目は羽ノ浦紬。私の幼馴染み。
二人目は剣麗華。私のライバル。
三人目は穴吹陽菜。私の妹。
相手は全員女の子。ちなみに私も女です。
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