0059 金のメダルと青き春―フェイズ陽菜―(4)
これは二月の最終週の日曜日のことだ。
この日、新しいお姉ちゃんのバスケの試合があるとのことで、あたしはママとパパの二人に連れられ、渋々応援に赴いた。
『水琴はずーっと、陽菜に応援に来てほしそうにしていたし、お願い』
昨晩ママにそう懇願されたのだ。
嫌だと断ったのだが、『そこをなんとか』と引き下がらない。
『嫌だ』『お願い』と、そのやり取りを何度も繰り返し、根負けしたあたしは『今回だけだから』と条件付きで応援に行ってあげることにした。
地区開催規模の小さな大会ではあるが、なんでも決勝戦らしい。
舞台は横浜市の市立体育館。二階の観客席に上がってコートを見下ろすと、ウォーミングアップを行う選手たちの中に、新しいお姉ちゃんの姿を見つけた。
そこでふと思う。
あれ? 新しいお姉ちゃん小さくない?
普段は感じないが、コートに立つ他の選手達と比べると、新しいお姉ちゃんは小柄だった。
バスケは体格が重要だと聞いたことがあるのに、大丈夫かな?
心配というよりはあくまで疑問だったが、モヤモヤしたものを抱えてしまう。
しばらくするとウォーミングアップを終えた選手達がベンチに戻ってゆく。
両ベンチ前で円陣が組まれたあと、そこから五人ずつコートに戻ってきた。
意外にも、その中に新しいお姉ちゃんもいた。レギュラーだ。本当に大丈夫?
きっと妥協の末のレギュラーだろう。
恥さらしのような姿を見せてしまうのではないか。
チームに迷惑をかけてしまうのではないか。
モヤモヤが一層募る中、コート上では互いに礼して試合開始。
これから醜態を見せつけられるのではないかと、視線を逸らしたくなった。
活躍なんてどうせできっこないから、せめて目立たないようにプレーして。そんなことを切に願う。
――しかし。
切なる願いが届くことはなかった。それも思わぬ形で――。
コートの中央で背の高い選手同士が対峙し合う。
ジャンプボールをした結果、新しいお姉ちゃんのチームではない方、すなわち相手方にボールが渡る。
しかし、目にも留まらぬ速さでボールを奪い取った選手がいた。新しいお姉ちゃんだ。
そのまま相手チームの全員を巧みに抜き去って、ゴールを決めた。
………………え?
試合開始から十秒も経っていない。まさに一瞬のうちの出来事だった。
見間違えじゃなかったら、新しいお姉ちゃんがたった一人で得点を決めたことになる。
観客席のボルテージが上がる。
「何あの子⁈」と驚きの声もあれば「あれが穴吹水琴か」なんて実力を聞きつけてやって来たかのような者もいる。うちの両親はワーキャー言ってバカ騒ぎしていた。
一方であたしは唖然としていた。
笑顔で仲間とハイタッチしながら自陣に戻る新しいお姉ちゃんを眺めるが、その光景が信じられず、目をこすった。こんなに上手かったなんて知らなかった。
いやいや……偶然上手く行き過ぎただけ、だよね?
心に抱えていたモヤモヤは半信半疑という形に変わり、けれど気を取り直す。醜態を見せるようなことはなさそうでよかった、と。
ほっとして楽な姿勢で椅子にかけなおした。
けれど――。
あたしはすぐ前のめりにさせられる。
新しいお姉ちゃんの快進撃がその後も続いたからだ。
相手にボールが渡ったら驚異的な運動量ですぐ奪う。
味方にボールが渡ったら信頼されているのか必ずパスが回ってくる。
そしてそれを相手に渡さない。巧みなドリブル技術で華麗にかわし、ゴールへ運ぶ。
新しいお姉ちゃんのプレーが切れるのはゴールを決めたその瞬間のみだ。
ふと気づけば、大盛り上がりしていた観客席は静かになっていた。誰もがコートに目を奪われ、心を引き込まれている。バカ騒ぎしているのはうちの両親だけ。醜態はこっちにあったか。
新しいお姉ちゃんが、誰しもの中心だ。
試合の主導権を全て握っている。とはいっても、自己中心的とかそんなレベルじゃない。
注目も期待も羨望もなにもかもを、独占している。
――かっこいい。
こんな感情を抱いたのは、生まれて初めてのことだった。
そして試合は終わり、結果はトリプルスコアの大差をつけて圧勝。
得点の九割は新しいお姉ちゃんによるものだから、バスケがチームスポーツであることを少し忘れさせてくれる。
決勝戦ともあって試合後に表彰式が執り行われ、優勝したうちの学校には楯が授与される。おそらく六年生のキャプテンだろう人が受け取ったそのあとで――。
「続きまして、MVPの発表に移ります」
館内アナウンスがそう告げた。
「MVPは穴吹水琴選手です。おめでとうございます」
場内が割れんばかりの拍手に包まれる中、新しいお姉ちゃんは前に出る。
そして一人、金色のメダルを首にかけられていた。
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