0057 金のメダルと青き春―フェイズ陽菜―(2)
そして日曜日。
あたしはめかし込まれ、これまたいつもより化粧が濃いママに手を引かれていた。電車に数十分揺られてたどり着いた、厳かな門構えでいかにも高級そうな料亭だ。
中に入ると着物を着た仲居に膝をついて迎えられ、「こちらになります」と案内されて通った廊下の両端には、室内にも関わらず川のように水が流れていた。
「すごい店」
率直な感想を漏らすとママが微笑んだ。
「今日は大事な日だからね」
たしかに新しい家族が初めて顔を合せる一大イベント。
でもそれなら――なんで金曜まで伝えるのを忘れていたんだ。
元々あたしは新しい家族ができることを望んではいない。そこにママの不手際に対する呆れまで加わって文句は加速する一方だ。
それでも声には出さずぐっと我慢し、やがて仲居は、とある襖の前で止まった。
「お連れ様は既にお越しでございます」と言う。
この向こうに、新しいパパと新しいお姉ちゃんがいる。
意識すると、なんだか少し緊張してしまう。どんな顔をして会えばいいのかわからない。
「しつれ――」
当然だが仲居は心の準備ができるまで待ってはくれない。襖に手をかけ、口を開く。失礼いたします、とでも言おうとしたのだろう。
しかし、言い終わる前に襖は向こうから勝手に開いた。しかもかなり勢いよく一気に開かれたものだから、仲居は体を持っていかれて床に落ちる。
唖然としたあたしが視線の先に見たものは――。
「あなたが陽菜ちゃん⁈」
まるでご馳走を見つけた犬のようにせり出してきた女の子。
歳は三つ上の小学五年生と聞いていた。元気な子と聞いていた。
それっぽい。
「こら水琴、行儀悪いぞ」
畳敷きの個室の中から眼鏡をかけた真面目そうな男性が女の子を咎め、その際『水琴』と名前を出した。
ああ、やっぱり。この子が新しいお姉ちゃんだ。
「初めまして水琴ちゃん、ここにいる陽菜と一緒によろしくね」
衝撃が尾を引き、なんて声をかけていいか逡巡している間にママが代わって返事をしてくれた。
すると新しいお姉ちゃんの目はさらに輝く。
あたしに両手を差し出してきて、なにをするのかと思いきや。
ママと繋いでいない片方の手を取り、包み込んできた。
「よろしく陽菜ちゃん……いや、陽菜」
いきなりの呼び捨てだ。
さっきから言動の勢いがすさまじ過ぎてあたしは置いてけぼり。
もはや突っ立つことしかできない。
「これから私達姉妹だね」
新しいお姉ちゃんは、こちらが戸惑っていることなどお構いなしの様子で、喜色満面になった。
そして次の瞬間――。
あたしの背後に回り、体をギュッと抱きかかえた。
大きなクマのぬいぐるみにでもなった気分だ。挙句の果てに――。
「あ~。妹って可愛い~。可愛いよ~。陽菜ぁ~」
気持ち悪いことを囁きながら後頭部に頬を擦りつけてくる。
そして極めつけは――。
「スーハー、スーハー、スーハー」
なんと、あたしの首筋の匂いを嗅ぎ始めた。
悪寒が走る。身の毛もよだつ。狂気を感じる。怖いという感情が脳を支配した。
隣にいるママに視線を送る。普段は頼りないが、今頼れるのはこの人しかいない。
ママ、助けて――。
「あらあら、もうこんなに仲良くなっちゃって」
どこがだよ。
仲良くというのは好意を相互に持ち合って成り立つものだ。現状をよく見ろ、ただ一方的に好意を押し付けているだけじゃないか。
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