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0056 金のメダルと青き春―フェイズ陽菜―(1)

「もうすぐお姉ちゃんができるよ。よかったね陽菜」

 

 晩御飯を食べていたとき、小さなテーブルを挟んだ対面に座るママが笑顔でそう言った。

 

 あたし、陽菜は首を傾げる。

 

 小学二年生の夏、週末金曜日のことだった。突然すぎるその報告についていけず、スーパーで買ってきたお惣菜のから揚げを持ったまま手を止める。


 ママはいつも仕事で帰りが遅く、そうじゃなくても料理下手だ。あたしとママ、家族二人で出来合いの物で済ませる食事は多い。

 

 ちなみにパパはいない。帰りがさらに遅いとかそういう意味じゃなく、この世に存在しないのだ。


 あたしが赤ちゃんの頃、病気で死んでしまったらしい。だから記憶の中にも存在せず、少し写真で見たことがある程度だった。


「あれー、どうしたの陽菜? きょとんとしちゃって」

 

 そりゃするだろう。平然とできるとでも思ったのか。

 

 対照的にママは気楽な表情だ。まるでこの状況を少し楽しんでいるみたい。そんな余裕そうな人を眺めながら、どれくらい沈黙が流れただろうか。


「お姉ちゃんができるって、なに?」

 

 ようやく口を開いたあたしは、率直な意見を口にする。

 

 だって意味がわからない。


 妹ができるならまだしも、姉ができるってなんだ? 

 

 あたしより先に生まれなきゃいけない存在が、どうして今になって誕生する?


「お姉ちゃんだけじゃなくてね、パパもできるよ。あと苗字も変わる」

 

 答えになっていない。むしろ衝撃が増えた。

 

 だがそれにより、パズルのピースが組み込まれていくように合点がいった。


「再婚するの?」


「そうそう大正解! ……てかよくそんな言葉知ってるね、どこで覚えたの?」


「テレビ」

 

 平日の夕方、あたしは家でひとりぼっちだ。だからテレビは友達みたいなものだった。


 学校から帰宅したらすぐ、その友達と向き合う。すると芸能人の離婚やら再婚やらで必要以上に騒いでいる情報番組にいきつくのだ。つまらないが、なにもないよりはいい。それに知識もつく。


「再婚相手に連れ子がいるんでしょ? その子があたしより年上だから、あたしのお姉ちゃん」


「おお、想像以上に知識力と理解力が高い……。賢いねえ、って手放しに喜んでいいのかな? なんか偏っているような……」

 

 お気楽な表情を捨てたママは腕を組んで「うーん」と唸った。

 

 そして機嫌を伺うような目をあたしに寄越し、言う。


「あのー、やっぱり学童行かない?」


「絶対やだ」

 

 学童とは学童保育の略だ。小学校終わりに児童を預かってくれる施設で、主にあたしのような日中親が仕事でいない低学年生が対象となる。


 要するに、一人でお留守番はまだ早いからパパかママが帰ってくるまで待っていようね、と子ども扱いされているわけだ。

 

 あたしも去年の一年間はそこに籍を置いていたが、とにかく居心地が悪い。

 

 理由は明白で、友達がいなかったからだ。

 

 あたしは引っ込み思案な性格で、人との会話を楽しめないタイプ。


 そんな人間にとって学童のような共同施設は苦痛以外の何物でもなく、ママに直談判して進級した際にやめさせてもらった。


 別に一人で留守番くらいできるし、というか一人がいい。


 他の人と一緒にいると息が詰まりそうになる。


「そんなに嫌なの?」


「そんなに嫌」

 

 ママはまた腕を組んで唸り始めた。微妙な表情を浮かべており、納得してくれないんじゃないかと内心ヒヤヒヤした。


 しかし、やがて大きく息を吐いて、


「まあ、そこまで言うなら無理強いはしないけど」

 

 諦めたように言った。根負けならぬ、あたしの根勝ちだ。


「それはさておき再婚の件だけど」と。話題もママのお気楽そうな表情も元に戻った。


「その新しいパパ、お姉ちゃんとご飯に行くよ。今週の日曜ね」


「今週の日曜って……明後日じゃん⁈ なんでこんな急に⁈」


「ごめん言うの忘れてた」

 

 てへへ、と舌を出して笑ったママ。全然可愛くないしイラつくからやめてほしい。

 

 それにしても『会う』『しかも明後日に』となると、嫌でも家族が増えることを実感させられる。


 はあ、とため息が零れそうになったのを直前で堪えた。

 

 気が重い。

 

 これからはその新しい二人と共同生活を送ることになるのだ。戸籍上は家族になっても、所詮は血の繋がっていない赤の他人。嫌悪感がグルグルと思考回路を支配する。


 だが幸せそうな顔をしているママの前で嫌だなんて言えないし、そもそも嫌と言ったところでどうにかなるわけでもない。学童なら行かなきゃいいだけだが、自分の家に人が増えるのは避けようがない。


 そう、これは運命だ。運命という抗えないものに重荷が課せられた。


 だからあたしとしては心の中で文句をぶつけるくらいしかできない。まったくもう、ママはなんてことをしてくれたんだ、と。


「新しいお姉ちゃん、どんな人?」

 

 せめて歳が大きく離れていたり、大人しかったらいいなと思った。

 

 そうすればできるだけ関わらなくて済むから。


「ママも会ったことないんだけど、バスケをやってて元気な子らしいわ。歳は陽菜の三つ上で小学五年生」


 望みとかけ離れた回答を聞いて卒倒しそうになった。

 

 食欲は完全に失せて吐き気すら催す中、ママは言葉を続ける。


「名前は水琴。穴吹水琴ちゃん」


ご覧頂きありがとうございます。

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