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0055 妹とおうちデート(3)

 二人でさっと洗い物を済ませ、テレビの前のソファーに座った。

 

 陽菜がリモコンを操作し、定額制の動画配信サービスに接続する。いわゆるサブスクってやつ。

 

 家族全員で共有しているものだ。私は利用しないが、お母さんは休日によくドラマを見ている。


「んん?」


 画面を切り替えると、いきなりドラマが始まった。

 

 しかもかなり中途半端なシーン。スーツを着た男が、粉飾決済がどうとか言いながら鬼気迫る表情で相手の男に追求している。

 

 ははあ、おそらくお母さんはこのタイミングで無理矢理追い出されたのだろう。


 見せ場だろうに、なかなかむごい仕打ちをされたものだ。

 

 しかし、いま私の隣に座る陽菜はそんなこと気にも留めないようで、平然とした表情でドラマを停止させホーム画面へ戻した。


 何度も言うけどお母さんにもっと優しくしてあげてよお。


「お姉はアニメとか観ないよね?」


「今はまったくだね。昔は観てたけど」


「どんなやつ?」


「スラム〇ンクとか黒〇のバスケとか」


「このバスケバカ」

 

 ため息交じりに言われ、私は苦笑した。

 

 そういや、陽菜はたまにアニメを観ている。転生して異世界に行くような、深夜枠で放送されているジャンルを中心に。そういう類いのライトノベルを読んでいる姿を目にしたこともある。


「今度秋葉原に連れて行ってあげようか?」


「はあ! あたしオタクじゃないから!」


「そんなこと言ってないじゃん。好きなものは隠さなくていいよ」


「うっさい! いいから今は黙ってこれ観る!」


「はいはい」

 

 画面に目を向けると既にアニメがスタートしており、タイトルやあらすじを事前に確認できなかった。まあ、代わりに真っ赤になって反抗する陽菜の可愛い顔を見れたからよし。

 

 ラフな姿勢と気持ちで眺め、五分ほど経過しただろうか。

 

 わかったのはギャルっぽい派手な見た目の女子高生が主人公であること。

 

 ってことは、この女子高生が男の子達から言い寄られるのかな? ラブコメって大抵男の子が主人公だと思っていたから意外だ。

 

 色んなジャンルのアニメがあるものだなあ。それとも私の固定観念が古くさいのかな。なんて感想を抱きながら、Aパートが終わって、Bパートも終わって――。

 

 あれえ? と違和感を禁じ得なかった。


 作風が妙にシリアスだ。第一話ということもあって明るいシーンが多かったけど、なんかこう、含みを持たせた明るさというか……。


 それに登場人物も。基本女性しか出てこず、男性が出てきたとしてもモブキャラ止まりだった。今後主要な男性キャラが出てくる雰囲気もあまり感じられない。

 

 すぐに二話が自動再生された。

 

 一話にはなかったオープニングが流れ、タイトルが表示される。


【NAVEL】

 

 ネーブル。柑橘系のフルーツをそのまま流用したタイトルは、奇しくもさっき食べたババロアの味と重なり、爽やかな印象を私に与える。


 たしかネーブルって、甘くて、ほんのりいい苦みがあったような……。後からそんな印象も追ってくる。

 

 含みを持たせた明るさ。苦みを含んだ甘さ。

 

 作風とタイトルが結びつけられた気がするのは、早計だろうか。

 

 ――しかし。

 

 私の勘は当たっていた。

 

 二話を見終わってその予感が強まり、三話では確信に変わった。

 

 陽菜が勧めたこのアニメがどのような展開を紡ごうとしているのか、わかってしまった。


「えーと、陽菜?」


「なに?」


「これ、ラブコメ?」


「……うん。あたしはそう思ってる」

 

 問うた私に、陽菜は強がりと罰の悪さを混同させて答えた。


 騙した自覚が少しはあるのだろう。だってどう見てもこれはラブコメじゃない。

 

 まずコメディ要素が薄すぎる。明るさの中に隠れていたシリアス要素が顔を出し、心の葛藤を描いたリアリティ溢れる作風が、前面に押し出されている。


 コメディだと思って観た者は、ギャップに押し潰されるだろう。現に私がそうだ。

 

 それと、ラブが異質。

 

 ……いや、それはあくまで一般論であって、私からすればとても身近かもしれない。

 

 というのも、このアニメは女の子同士の恋愛模様を描いていた。

 

 それだけにとどまらず、なんと主人公とヒロインは義理の姉妹同士。

 

 私と陽菜にぴったり合致する関係性だったわけだ。

 

 まさか陽菜、私を洗脳しようと思ってこのアニメを……。


「別に深い意味はない」

 

 第四話のオープニングが流れている最中だった。

 

 陽菜は画面に視線を置いたまま、まるで独り言のように私の内なる疑惑を否定した。


「こういうシリアスな展開が好きなのか、あるいは百合が好きなのか、それとも自分の境遇と重なるから好きなのか。理由なんて自分でもよくわからないけど、とにかくあたしはこのアニメが好きなの。創作物の中で一番好き」

 

 陽菜の目がこちらを見た。


「だからお姉と共有したかった。ただそれだけ」

 

 そしてまた画面へと戻っていく。

 

 一瞬だけ見えた陽菜の眼差しは、非常にフラットだった。重苦しいものはない。嘘偽りない本心で語ってくれたことがすぐにわかった。


「消そうか。別の見る?」

 

 私を気遣ってくれたのかリモコンに手をかけようとした陽菜。


「いや、そのままで」

 

 その申し出は辞退させてもらった。

 

 姉として、妹が創作物の中で一番好きだと言うこのアニメに、興味が湧いたからだ。

 

 大好きな妹の大好きなものを、私も大好きになりたかった。



次回、陽菜視点で過去編入ります。


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