0052 ハワイと幼馴染みと妹と
告白の返事をまたも先延ばしにした私だったが、その後は終始明るかった剣さんのおかげもあって、微妙な空気は払拭された。
ハワイに着いて、剣家が所有しているという別荘に移動。
別荘といっても私の家の五倍の広さはあった。掃除が大変そう。
当然泳ぎに行こうという話になり、用意してくれた数十種類の水着の中から、青色で飾り気のないシンプルなビキニを選んで着替えた。
剣さんも同じ部屋で着替えるのかと思っていたが、私が下着姿になるや否や顔を真っ赤にして飛び上がるように出て行ってしまった。
なるほど、そういう目で見られるんだ。まいったなあ。
着替え終えた私達をオープンカーが迎えに来てくれ、案内されたのはなんとプライベートビーチ。綺麗な海と砂浜が私達だけのものと考えると、分不相応すぎてなんだか恐縮してしまう。
しかしパラソルの下でビーチチェアに寝転びながら、煌びやかな果物が刺さりに刺さった豪華なジュースを飲んでいると、次第に環境にも慣れ、気分も言動も開放的になる。
「競争しようよ。どっちが泳ぐの早いか」
切り出したのは私からだった。遠くに浮かぶ小島を指差す。
剣さんは快諾し、競泳が始まった。
駆け引きなんかなにもない。とにかく全力を出す者同士のデットヒート。
私の執念と剣さんのプライドがぶつかり合う。沖に出るにつれ水温はどんどん下がる。だがそれに反抗するように身体が熱く燃える。
のんびりするのも悪くない。楽しく遊ぶのも悪くない。
けれど剣さんとは、こうやって競い合っている方がいい。
遠い異国の海の中で、そんなことを思った。
時間はあっという間に過ぎ、夜中にハワイを発った。家に着いたのは日本時間で火曜の朝。
外泊して朝帰りなんて、私も随分不良になったものだ。
まあ親の許しの元だから迫力はない。けどつーちゃんや陽菜には怒られる。
まずは陽菜からだと、覚悟して家に入り、リビングへ向かう。
「ただいま」と目をそらしながら言う私に対して、陽菜はジトリとした目を向けてきたが、踏ん切りをつけるように大きなため息をついて「おっそい」と。
怒鳴られることを想定していたのでこれはかなり意外だった。
でも、実は激怒していたようだ。向け先は私ではなく安易に外泊を了承したお母さん。
私が帰ってこなかった日曜の夜、その理由を聞いた途端に大激怒。罵詈雑言を浴びせに浴びせ、お母さんはその日泣きながらコンビニ弁当を食べたらしい。
そして今朝もお母さんの分の朝食準備はしておらず、出勤前のスーツ姿で土下座する母の姿と、それを無視する娘の姿があった。
家のチャイムが鳴り、次の試練がやってくる。そう、つーちゃんだ。
日本に帰ってから気付いたことだが、つーちゃんからの着信が百件を超えていた。
これだけで充分怖いが、変に言い訳しておいて、後で真相がバレる展開が一番怖いと悟った私は、登校中に土産のマカダミアナッツを差し出し「ハワイに行ってきたんだよねー」とフランクに接した。
するとつーちゃんは目だけが澱んだ笑顔をこちらに寄越し、「そう、じゃあわたしとはもっと遠いところに行こ?」と。
その笑みにビビり硬直した体。引きずられるように連れられたのは旅行代理店だった。学校をサボってこんなところに来る女子高生聞いたことがない。
『この子達学校はどうしたのかなあ?』と表情で疑問を投げかけてくる店員に居心地の悪さを感じながら、自然体なのはつーちゃんだけだった。
ヨーロッパや北米、挙げ句の果てに北極圏のプランを要求しながらさらに。
「フライダルプランはありますか?」
もう敵わない。
店員は苦笑いを超えて身震いし、開店直後の旅行代理店は背筋が凍るような空気に包まれた。こんなの、ある種の営業妨害だ。
その後は昼過ぎに学校に到着し、部活に参加したのだが、
「いい度胸じゃねえか」
ドスの利いた声で監督が肩を組んできて、私は震えあがった。
どうやら昨日の休みを、お母さんは馬鹿正直に「旅行」と学校に報告したらしい。
おまけに今日の午前中サボったことも見事に伝わっており、私はこの日、練習に参加させてもらえず、
「いいと言うまで永遠に走っとけ」
ひたすらに罰走をやらされた。
でも、なにも考えなくて済むこちらの方が楽だった。
翌日からはちゃんと練習に参加させてもらえたのだが、どうにも調子が上がらない。心に抱えたモヤモヤはいつ晴れるのだろうか。
この頃から私は『長期スランプに入った』と部内で噂されるようになった。
先輩も同級生も後輩も、私を気遣うような姿勢を取り、それが余計につらかった。かといって練習を休むわけにもいかず……。
木曜金曜、土曜日も律儀に参加し、帰宅した夕方。そういや明日は陽菜とお出かけする日だなと気付き、尋ねた。
「どこに行きたい? なにがしたい?」
返ってきた答えは、意外なものだった。
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