0051 プライド革命―フェイズ麗華―(2)
あっけに取られたわたくしは、帰宅を決めたことも忘れてしばし見入る。
するとその子と目が合い、なぜか鼓動が跳ねるようにうるさくなった。
どうしてこんなにドキドキするんだろう?
疑問に思う中、その子はわたくしに微笑んだ。そしてこちらに駆け寄ってくる。
鼓動は一層うるささを増し、平静を装うのに必死だった。
「どうしたの?」
座り込むわたくしに対し、その子は覗き込むように腰を曲げて言う。
髪は短く男の子のようだった。でも長いまつ毛の大きな目は、いかにも女の子といった可愛さに溢れ、その魅力に吸い込まれるような感覚がした。
「あ、足が痛いのですわ」
嘘だ。この不参加、自分の中では戦略的撤退だと正当化できていても、それを相手に告げるとなると話は別。当たり障りのない理由を考えて嘘をついた。
「初めての靴ですから、靴ずれを起こしました」
ちなみに初めての靴なのは本当だが、これで足が痛くなるわけがない。だってオーダーメイド品だから。自分のために作られた靴で靴ずれは起きない。
「なるほど。よくあることだよね」
その子は疑いもせず微笑んだ。しかし次の瞬間、驚きの行動に出る。
なんと、わたくしの靴を踏みつけたのだ。
「な、なにをしますの⁈」
「こうすると足に馴染むようになるんだって。漫画で知った」
「は、はあ。漫画ですか……」
そこで得た情報が確かなのかは怪しいが、とにかくその子に悪気があったわけではなさそう。だからしばらくされるがままに踏まれていた。
ギュッ、ギュッとマッサージのように強弱をつけられるそれに痛みはなく、むしろ心地よかった。
こんなのが心地いいなんてかなり変かもしれない。それに加え、胸の鼓動は今までにないような大きな音を鳴らして止まないし。
片方の足も踏まれ、やがて「よし完了!」と嬉しそうに声を上げたその子は、わたくしの隣に座り込んだ。腕と腕がくっつく。
なぜわざわざこんな至近距離に座るのだろうと疑問に思ったが、これも心地よかったので言及はしなかった。やっぱり今日の自分はかなり変だ。
「バスケ、楽しいよね?」
「まったく楽しくありませんわ」
「ありゃ、そう?」
「あなたは上手だからそう感じるのですわ」
「じゃあ君も上手になればいいじゃん。そうすりゃ楽しくなるんでしょ?」
「向いていませんもの」
「そんなことないと思うけどなあ……」
呟いたと同時に、その子はわたくしの身体を舐めるように眺め始めた。顔が熱くなるくらい恥ずかしい。でもやめてほしいとは思わなかった。むしろ、その大きな目でもっと見てほしい。
……もう、今日の自分はとにかく変だ。
「練習すればぜったい伸びると思うよ。だって君の体大きいし。小六?」
「小五ですわ」
「おお、私と同い年じゃん。それなのにこの体格差かあ」
たしかにわたくしは同い年の子と比べると成長が早いのか大柄だ。
だけど、それを恥ずかしく思う瞬間も多々ある。特にこの……。
「おっぱいも大人みたいにぽよんぽよんしてるし」
「な⁈」
最も恥ずかしい箇所をドンピシャで告げられた。わたくしはその胸を抑えて睨む。
「胸はバスケに関係ないでしょう⁈」
「あ、そうだね。ごめんごめん」
反省の色もなくにへらと笑ったその子。普通なら腹立たしくなる態度だが、その顔を見ていると抑えた胸がなんだかポカポカしてくる。火が出るような熱さの顔とは対照的な、じわりとした温もりだった。
「とにかく、体格を生かしたプレイを心がけると活躍できると思うよ。ええと……そういや名前聞いてなかったね。なんて言うの?」
「人の名前を聞く前に自分から名乗ってはどうですか?」
「そうだね、私は穴吹水琴、よろしく」
よろしく……よろしくかあ……。
穴吹さんはこの場限りの付き合いじゃなくて、今後もわたくしと会いたいと思っているのかな。
……そうだといいな。
「ふ、不束者ですがよろしくお願いしますわ。わたくしの名前はつる――」
「あはははっ、不束者って、結婚の挨拶みたい」
「な⁈」
自己紹介し直す余裕などない。思わず変な言葉を口走ってしまったことに気付かされ、恥ずかしさで目が回りそうになった。
穴吹さんが大笑いする声を聞きながら、結婚という言葉がやけに頭に響く。
そしてちょっと妄想してしまった。ウエディングドレスが二着。女の子同士の結婚。
今日はとことん変な自分だが、ここまでくると極まっている。
「あっ、次リバウンド講座だって! 私、リバウンド王になりたいんだ!」
話を思いっきり逸らした穴吹さんは、立ち上がってこちらに手を伸ばし、わたくしを妄想の中から現実に連れ戻そうとする。
妄想も現実も、わたくしの隣にいたのは穴吹さんだったから、実は大して変わらない光景だったりする。
「そ、それを言うなら女王ではなくて?」
「目指せゴール下の覇者!」
「話聞いてます?」
「そんなのいいからほら、はやく行こ」
ついさっきまでバスケなんてやめようと心に決めていたのに。
天真爛漫な笑みをむける穴吹さんの手を取ってしまった。
そしたら強く握り返されて、遠慮無しの力で引っ張り上げられる。
野蛮で、粗暴。見下していた庶民を体現したかのような行いだったが、不思議と嫌じゃなかった。
それどころか心地いい。もう一度してほしいくらい。いや、一度だけじゃなく、もっと沢山。
願わくば、一生――。
よし、決めた。
やっぱり、やめよう。やめるのを、やめよう。
本格的にバスケを始めてみる。
だって穴吹さんの隣で肩を並べていたいから。
ご覧頂きありがとうございます。
よろしければブックマーク、評価、コメント残して頂けると幸いです。




