表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/81

0051 プライド革命―フェイズ麗華―(2)

 あっけに取られたわたくしは、帰宅を決めたことも忘れてしばし見入る。

 

 するとその子と目が合い、なぜか鼓動が跳ねるようにうるさくなった。


 どうしてこんなにドキドキするんだろう?


 疑問に思う中、その子はわたくしに微笑んだ。そしてこちらに駆け寄ってくる。

 

 鼓動は一層うるささを増し、平静を装うのに必死だった。


「どうしたの?」

 

 座り込むわたくしに対し、その子は覗き込むように腰を曲げて言う。

 

 髪は短く男の子のようだった。でも長いまつ毛の大きな目は、いかにも女の子といった可愛さに溢れ、その魅力に吸い込まれるような感覚がした。


「あ、足が痛いのですわ」

 

 嘘だ。この不参加、自分の中では戦略的撤退だと正当化できていても、それを相手に告げるとなると話は別。当たり障りのない理由を考えて嘘をついた。


「初めての靴ですから、靴ずれを起こしました」

 

 ちなみに初めての靴なのは本当だが、これで足が痛くなるわけがない。だってオーダーメイド品だから。自分のために作られた靴で靴ずれは起きない。


「なるほど。よくあることだよね」

 

 その子は疑いもせず微笑んだ。しかし次の瞬間、驚きの行動に出る。

 

 なんと、わたくしの靴を踏みつけたのだ。


「な、なにをしますの⁈」


「こうすると足に馴染むようになるんだって。漫画で知った」


「は、はあ。漫画ですか……」

 

 そこで得た情報が確かなのかは怪しいが、とにかくその子に悪気があったわけではなさそう。だからしばらくされるがままに踏まれていた。


 ギュッ、ギュッとマッサージのように強弱をつけられるそれに痛みはなく、むしろ心地よかった。


 こんなのが心地いいなんてかなり変かもしれない。それに加え、胸の鼓動は今までにないような大きな音を鳴らして止まないし。

 

 片方の足も踏まれ、やがて「よし完了!」と嬉しそうに声を上げたその子は、わたくしの隣に座り込んだ。腕と腕がくっつく。


 なぜわざわざこんな至近距離に座るのだろうと疑問に思ったが、これも心地よかったので言及はしなかった。やっぱり今日の自分はかなり変だ。


「バスケ、楽しいよね?」


「まったく楽しくありませんわ」


「ありゃ、そう?」


「あなたは上手だからそう感じるのですわ」


「じゃあ君も上手になればいいじゃん。そうすりゃ楽しくなるんでしょ?」


「向いていませんもの」


「そんなことないと思うけどなあ……」

 

 呟いたと同時に、その子はわたくしの身体を舐めるように眺め始めた。顔が熱くなるくらい恥ずかしい。でもやめてほしいとは思わなかった。むしろ、その大きな目でもっと見てほしい。


 ……もう、今日の自分はとにかく変だ。


「練習すればぜったい伸びると思うよ。だって君の体大きいし。小六?」


「小五ですわ」


「おお、私と同い年じゃん。それなのにこの体格差かあ」

 

 たしかにわたくしは同い年の子と比べると成長が早いのか大柄だ。

 

 だけど、それを恥ずかしく思う瞬間も多々ある。特にこの……。


「おっぱいも大人みたいにぽよんぽよんしてるし」


「な⁈」

 

 最も恥ずかしい箇所をドンピシャで告げられた。わたくしはその胸を抑えて睨む。


「胸はバスケに関係ないでしょう⁈」


「あ、そうだね。ごめんごめん」


 反省の色もなくにへらと笑ったその子。普通なら腹立たしくなる態度だが、その顔を見ていると抑えた胸がなんだかポカポカしてくる。火が出るような熱さの顔とは対照的な、じわりとした温もりだった。


「とにかく、体格を生かしたプレイを心がけると活躍できると思うよ。ええと……そういや名前聞いてなかったね。なんて言うの?」


「人の名前を聞く前に自分から名乗ってはどうですか?」


「そうだね、私は穴吹水琴、よろしく」

 

 よろしく……よろしくかあ……。

 

 穴吹さんはこの場限りの付き合いじゃなくて、今後もわたくしと会いたいと思っているのかな。


 ……そうだといいな。


「ふ、不束者ですがよろしくお願いしますわ。わたくしの名前はつる――」


「あはははっ、不束者って、結婚の挨拶みたい」


「な⁈」

 

 自己紹介し直す余裕などない。思わず変な言葉を口走ってしまったことに気付かされ、恥ずかしさで目が回りそうになった。


 穴吹さんが大笑いする声を聞きながら、結婚という言葉がやけに頭に響く。

 

 そしてちょっと妄想してしまった。ウエディングドレスが二着。女の子同士の結婚。

 

 今日はとことん変な自分だが、ここまでくると極まっている。


「あっ、次リバウンド講座だって! 私、リバウンド王になりたいんだ!」

 

 話を思いっきり逸らした穴吹さんは、立ち上がってこちらに手を伸ばし、わたくしを妄想の中から現実に連れ戻そうとする。


 妄想も現実も、わたくしの隣にいたのは穴吹さんだったから、実は大して変わらない光景だったりする。


「そ、それを言うなら女王ではなくて?」


「目指せゴール下の覇者!」


「話聞いてます?」


「そんなのいいからほら、はやく行こ」

 

 ついさっきまでバスケなんてやめようと心に決めていたのに。

 

 天真爛漫な笑みをむける穴吹さんの手を取ってしまった。

 

 そしたら強く握り返されて、遠慮無しの力で引っ張り上げられる。


 野蛮で、粗暴。見下していた庶民を体現したかのような行いだったが、不思議と嫌じゃなかった。


 それどころか心地いい。もう一度してほしいくらい。いや、一度だけじゃなく、もっと沢山。


 願わくば、一生――。

 

 よし、決めた。


 やっぱり、やめよう。やめるのを、やめよう。

 

 本格的にバスケを始めてみる。


 だって穴吹さんの隣で肩を並べていたいから。

 


ご覧頂きありがとうございます。

よろしければブックマーク、評価、コメント残して頂けると幸いです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ