0050 プライド革命―フェイズ麗華―(1)
わたくし、剣麗華はルールの盲点を見いだし、ハワイデートを実行した。
少し強引すぎだろうか? 迷惑だろうか?
実際に穴吹さんはかなり困惑していた。こちらとしてはアピールのつもりなのだが、逆効果を招いていることも否めない。
やっぱりやめた方がいいだろうか?
……いや、これでいい。
わたくしは勝負を急ぐ必要がある。
穴吹さんが自身の内なる感情に気付いてしまう前に、決勝点をもぎ取り勝利を手にする。
それには捨て身の覚悟で押して押して押しまくり、忘れられないくらいの鮮烈なインパクトを残すことが必要だ。ただでさえ穴吹さんは忘れっぽいみたいだから――。
空港へ向かう車内、わたくしは新品のバッシュを踏んでもらった。
穴吹さんは記憶に無いようだけど、これは人生で二度目のことだ。
――――
わたくしと穴吹さんが共有してきた時間は少ない。けれども恋のきっかけとなった初めての出会いはわりと前まで遡る。
忘れもしない、あれは小学五年生の秋頃だった。
残暑が消え失せ寒い冬の訪れを予兆させていたその日、わたくしは小学生を対象に開かれた無料のバスケ教室に参加すべく、市立体育館に来ていた。
そして入って早々嫌気が差す。無料だから敷居が低いのか庶民が沢山。
なんでわたくしがこんな所に――。と、文句が湧き出る。
わざわざ無料の教室を選んだ理由は単純だ。
お父様から『なにかスポーツを始めなさい』とお達しを受けたから。
続けてお母様から『幅広い層と交友関係が持てる』とこの教室のチラシを見せられたから。
そう、つまりは親に言われたから。
自分ではバスケなんて興味もないし乗り気にならない。おまけに庶民との交友関係も持ちたくない。
だって、粗暴で野蛮、そんな子が沢山いるでしょう?
けれども、そこで嫌と言えないのがわたくしが背負った宿命だ。
剣コンツェルンという超巨大会社を営む一家である。そこの長女だったわたくしは、ただの社長令嬢ではなく跡取りとして育てられてきた。
将来は数万人の上に立つことが期待される存在。徹底した帝王学を叩きこまれ、幼いながら威厳と誇りある言動を心がけ、身の引き締まる思いで毎日を過ごしてきた。
常に勝利を目指せとの教えを胸に、勉学はもちろん絵画やピアノといった芸術でも、一定の成果を挙げてきたつもりだ。
はっきり言って周りからの重圧は凄まじい。逃げ出したくなるときもある。
だけども自分自身、剣コンツェルンという会社を継ぎたいという思いは強かった。経済界の要と評される会社を率いた先に見える景色に興味があったのだ。だから嫌なことでも勝利を目指して取り組んだ。
背景を鑑みると、今回のバスケ教室参加だって理にはかなっている。
スポーツで体を鍛え、ついでに幅広い交友関係を持つ目的で敷居の低い無料教室を選ぶ、反論の余地がない。
感情論で抵抗を示せばただの我儘であり、自分の負けだ。だから親の言うことを受け入れて、成長のためだと割り切って、庶民と同じコートに立った。安っぽい服や薄汚い靴が並ぶその光景に、思わず見下した。
けれども教室が始まってすぐ、己の自尊心は崩れ去ることとなる。
基礎となる走りながらのパス回しやドリブルを体験したのだが、ボールが手に付かず、まったく上手くいかない。不甲斐ない現状に下唇を噛み、薄々気づいていたことを今日改めて痛感させられた。
そう、わたくしは運動神経が良くない。
お嬢様揃いの小学校で行う体育は騙し騙しでなんとか誤魔化せていたが、ここにいる野生児のような子達と並べられると浮いてしまう。
悪い意味で周りと明確な差が生まれてしまった、こんなの初めてで、屈辱的だった。悔しさで拳を握りしめ、立ち尽くした。
見かねたコーチが個別にアドバイスに来たことも気分を逆なでした。
「休憩したいですわ」
アドバイスの言葉を遮って吐き捨てるように申し出て、体育館の隅に座り込んだ。
完全に拗ねていた。
バスケなんかやめよう。
そもそもこんな庶民が沢山いるようなスポーツは自分には向かない。
やるならもっと、優雅で高貴で、それに個人競技がいい。
一瞬、負けや逃げといった言葉が頭をよぎり、自己嫌悪に陥りそうになったが強引に振り払った。
いいや違う、と。これは負けや逃げではなく戦略的撤退だ。
会社経営においても退く場面が多々あるとお父様から聞いた。いい経営者は上手くいかないときの退きの判断が優れており、そしてそれは逃げや負けではなく、明日の勝利を掴み取るための戦略的撤退だとか。
今日の理にかなった撤退は明日の勝ちに繋がる、お父様は最後にそうまとめていた。
それに準えると、教室に加わらず座り込んでいる現状だって正当化していいはずだ。
向いてないのだから、仕方ない。
さて、用もなくなったし今日は帰って自分に向いているスポーツを探ろう。無言で帰るのはさすがに失礼なので、コーチに報告して……。
コーチはどこだとぐるっと見渡した瞬間だった。目が留まった、いや、奪われた。
視線は数十メートルほど先にある光景に釘付け。一人の小柄な女の子が、自分よりも大きな子をドリブルで手玉に取っていた。その姿の華麗なことと言ったら、まるである種の舞踊を見ているようだった。
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