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0049 ライバルのサプライズ(2)

 とんでもない展開だ。ハワイに行く⁈ しかも今から⁈


「待って待って! この夜景を見せるためにここに来たんじゃないの⁈」


「まさか。メインは下にある飛行機だと言ったでしょう。ハワイに飛び立つために来たのですわ」

 

 剣さんの声色はコンビニに行くレベルの気軽なものだったが、むしろそれが冗談ではないと物語っている。ガチだ、ガチでハワイに行こうとしてるよこの人。

 

 なお、庶民の私は当然ながらこの展開に尻込みしていた。

 

 国内ならともかく、さすがにハワイは受け止めきれない。


「あ、でもほら」

 

 反応に困っていたところでひとつ思い出した。


「私とお出かけするのは今日一日だけって話じゃん。私が嫌というわけじゃないんだけど、ルール違反につーちゃんや陽菜がどう思うかなあ?」

 

 つーちゃんと陽菜を盾にする少々ずるい方法で出発回避を目論んだ。恋敵を倒すなら正々堂々と、なんて宣言していたしルール違反に躊躇するはず……。


「ふふ、そこがハワイを選んだ理由ですわ」


「え?」


 考え直すのかと思いきや、剣さんは得意げな笑みで言い放った。


「どういうこと?」


「ハワイと日本は十九時間も時差がありまして。日本が日曜の夜なのに対して、現地は今、土曜の夜中ですわ」


「ふむふむ……んんっ?」


 な、なんか剣さんの画策が読めてきたぞ。


「日本から八時間ほどかけて移動しても現地はまだ日曜の朝。つまりはハワイに行くことで時間を遡って、今日をもう一度やり直せるんです」


「なにその裏技⁈」

 

 プチタイムマシン理論に開いた口が塞がらない。よく思いついたな、こんな強引な手法。


「いやいやでもさ、それだと日本の月曜をハワイで過ごすことになるじゃん。明日は学校だよ。さすがに親が許してくれな」「そんなことないですわよ」

 

 きっぱりと言い切られ、同時に向けられたのはスマホ。画面にはラウィンのトーク履歴が映っており、相手はなんと……


「お母さん⁈」

 

 そう、私のお母さんだ。


「どうして⁈」


「この前お宅にお邪魔した際、連絡先を交換させて頂きましたの。そして先ほど、明日も穴吹さんをお借りしていいか尋ねたところ、快く『いいよー!」と」


「ほんと適当過ぎるでしょあの人は……」

 

 なんとなく気になって、指を伸ばし画面をスクロールしていくと、『この前はケーキをご馳走してくれてありがとう!』『その前に頂いたやつも美味しかったわー!マトリッツェだっけ?』なんてトーク履歴が残っていた。


 どうやら私や陽菜が知らないうちにお菓子で懐柔されていたようだ。あとマトリッツェではなく、マトリッツォだ。


「この日に備えてお母さんを餌付けしてたんだね……」


「そ、そんな意図はありませんわ。ただ随分と残業されているようでしたから、練習が終わったあと、会社近くの喫茶店まで慰労に赴いていただけです」

 

 とか言いながら目を逸らしている。懐柔目的は明白だ。

 

 てかお母さんも懐柔させられるなよ。お菓子に釣られて言うこと聞くなんて子供じゃあるまいし。


「あ、パスポートないよ」


「それも既に借り受けてきました」


「あいつめぇぇぇ!」

 

 母親をあいつ呼ばわりしちゃったが仕方ないだろう。個人情報の塊を気軽に貸すなんて、脳天気が極まっている。陽菜と一緒に反抗しちゃうぞコラ!


 まったく、今ハワイに行ったりしたら明後日が大変なことになりそうなのに。たとえばつーちゃんとか陽菜とか、あるいは陽菜とかつーちゃんとか。絶対キレられる。


「あの、そこまで気乗りしませんか……?」

 

 そう言ったのは剣さん。目に涙を浮かべ、数秒後に大泣きを始めるのが目に見えている。

 

 ああ、もう!


「そんなことないよ! 行こうかハワイ!」

 

 無理にでもテンション上げていこう! 学校なんて知らない! 部活なんて知らない! 明日はあの鬼のような監督と顔を合わせずに済む! やっほー! 


 あとでつーちゃんの追及が待っていようとも! 陽菜の激怒が待っていようとも! 害を被るのはすべて明後日の私だ! 今の私には関係ないね!


「はい! 共に一足早い夏を満喫しましょう! もう離陸準備はできていますわ!」

 

 こうしてハワイに行くことが決定した。明後日以降のことは明後日以降の私に任せ、今の私は日本を飛び立つ。


「じゃあ下りようか」


「ちょっと待って下さい」

 

 エレベーターに向かおうとしたところで呼び止められる。


 なんだなんだ、せっかく気持ちを切り替えてウキウキしていたところなのに。


「なに?」


「出発の直前にこのような話をするのも唐突で恐縮ですが」


「すでにこの出発自体が強烈に唐突だから、何言われても気にしないよ」

 

 なんでもこいと構えていると、剣さんは定まらない視線を床や壁に散らしながら言った。


「告白のお返事を貰えたりは……」

 

 あー、それね。

 

 今日一日エンターテイメント施設で遊んで、一緒にご飯を食べて。

 

 ライバルである彼女とこんな風に過ごした時間は今までになかった。

 

 その中で剣さんが私に求めるものは変わっていないようだ。

 

 そして……私が心に決めた方針も変わっていない。


「ごめん、まだ待ってくれる?」

 

 誰と付き合うか、あるいは誰とも付き合わないか、そんなところで私の心中は揺らいでいない。とにかく大切にしたいのは妹の陽菜。

 

 陽菜を振って傷つけたくないし、陽菜と姉妹関係を終わらせて恋人になるのも嫌。


 だから陽菜が自分から身を引くまでジッと待ち続ける。『お姉、他に好きな人ができたの』なんて言葉が聞けるその日まで。

 

 いつの間にか剣さんは視線を床に止めていた。うつむいて動かない。

 

 焦らしちゃってごめんね。でもまだ答えを出すわけにはいかないんだ。

 

 やがて、顔を上げた剣さんは微笑んだ。


「いつまでも待ち続けますわ。真剣にわたくしのことを考えて下さっているのですから」


「ははは、そうだね」

 

 乾いた笑いと、偽りの言葉。

 

 行き場を失った視線は、無責任に夜景へ投げた。


次回、ライバル目線で過去編です。

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