0047 踏んでください(2)
唐突に自身の性癖を吐露した剣さん。当然私はドン引きだ。
「ええ……そんな趣味があったの?」
しかも踏まれる側をご所望とは。どちらかといえば踏む側っぽいのに。
「違いますわ! そのようなアブノーマルな趣味は持ち合わせていません! 踏んでほしいのはバッシュですわ!」
顔が真っ赤になった剣さんは、声を大にして反論し、バッシュを指さした。
「ほら、新品のバッシュを足に馴染ませるために踏むことあるでしょう?」
ああ、そういうことか。
新品のバッシュは足に馴染まず怪我の原因となる。だから生地をほぐすために他の人に踏んでもらったりするのだ。ちなみに効果があるかどうかは定かでない。
しかしその庶民的な儀式がお嬢様揃いの白百合にも浸透しているんだなあ。意外だ。
……いや、でも、あれ?
「ご存じではなかったですか?」
「いや知ってるよ。でもそれってオーダーメイドなんだよね? 既にばっちり足に馴染んでるんじゃない?」
剣さんは痛いところをつかれたとばかりに表情を歪めた。
「まあたしかにそうですが……ある種の願掛けと思ってお願いします。そもそも足に馴染ませるために踏むなんて行為、科学的効果があるとは思えませんわ」
わあ、元も子もないこと言い切っちゃった。私も内心思っていたけど。
でも開き直ってまで私にバッシュを踏ませたいってことなのかもしれない。別になんてことないお願いだし、素直に乗ってあげるとするか。
「いいよ、踏んであげる」
「ありがとうございますわ」
不思議なやりとりだ。運転手さんがどんな顔をしながら聞いていることやら。
剣さんが私に向けている足。さすがに土足で踏みつけるのは気が引けるので、靴を脱いで靴下のまま軽く乗っける。
「んっ……」
「妙な色っぽい声やめてくれる?」
「ご、ごめんなさい……」
手で口を抑えた剣さんは、目を細めてうっとりした表情だ。
ちょっとちょっと、雰囲気がおかしいよ。バッシュ踏んでるだけだよ。
「もういい?」
「も、もう少し欲しいですわ。強く、強く踏んでください」
いやだから台詞がおかしいんだってば。何この状況?
言われた通り強く踏んでみると、剣さんは顔が溶けているのかと思うくらいふにゃりとした表情を浮かべた。抑えた口からは荒い吐息が漏れる。
何度でも言わせてほしい、何この状況?
私はドン引きしながらもバッシュを踏み続ける。
なぜやめなかったかって? やめたくてもやめさせてくれなかったのだ。
足の力を少しでも弱めると、剣さんが懇願するような眼差しでこちらを見る。逆らうと泣かれるのは明白であり、私に残された選択肢は、剣さんが満足するまで踏み続けることのみだ。早く勘弁してくれ。
「ありがとうございます。もう結構ですわ」
待望したその言葉が聞けるまでどのくらいの時間を要しただろうか。
体感では二・三時間。実際は二・三十分も経っていないだろうが、疲れた私の体はそれくらいの負担を認識し、多大な疲労感がさらに追加されたことは言うまでもない。
疲れた……とにかく疲れた……。
「では次はもう片方を」
「ええ⁈ そっちもやるの⁈」
「ご、ごめんなさい。でもどうしても……ふええん……」
「ああやる! やるってば!」
こうして世にも奇妙な時間と雰囲気は繰り返された。
またもやドン引きしながらバッシュを踏む私だったが、しかし今度は剣さんがいいと言う前に開放の時がやってくる。
車が停まり、辺りを見渡すと駐車場。そう、目的地についたのだ。
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