0046 踏んでください(1)
「このあとはどうする? ゲームセンターに行くもよし、バッティングセンターやローラースケート場なんかもあるよ」
レーン後方のベンチに掛け、スポーツドリングをがぶ飲みしながら問いかけた。
ちなみに剣さんがしれっと買ってきてくれたものだ。戦い終えた私は、その心遣いに存分に甘えている。
「うーん、とっても魅力的ですけど……」
腕時計を見ながら答えた剣さんは小難しい表情。
わたしもスマホで時刻を確認すると、午後五時を過ぎていた。
おお、随分と長い間ボーリングをしていたものだ。熱中しすぎて全然気が付かなかった。
「それはまた次の機会にお願いしますわ。実は穴吹さんをご案内したい場所がありまして」
「どこ?」
「行ってみてのお楽しみ、ですわ」
剣さんはいたずらを仕掛ける子供のように無邪気な笑みを浮かべ、手を差し出した。
一方の私は、本当に楽しいところなのかなあと半信半疑。
けれど以前は似たような流れで壮観が広がる埠頭へと連れて行ってくれた。ならば今回も、期待していいかもしれない。
どうせ断ったら泣かれるだけだし、それなら出たとこ勝負を楽しんでみよう。
疲労が抜けない腕をプルプルと伸ばし、剣さんの掌に自身の手を置く。
これ、王子様とお姫様みたいだなと、そのとき初めて思った。
「今度はわたくしがエスコートしますわ。マドモアゼル」
あんたもマドモアゼルでしょうが。
剣さんに連れられラウワンを出た。
当然だが手は離してある。王子様とお姫様状態を世間様に晒したくない。
「あれ? そっち?」
外に出た瞬間、左へ曲がった剣さん。通りは正面にあるのに。
「駐車場に行きますわ。迎えが来ています」
いつの間に呼びつけたのか、裏手にある立体駐車場の一角にはたしかにいつもの黒塗りの高級車が停まっていた。しかも出入口からかなり近い位置で。
どれくらい待っていたのだろう? なんだか申し訳ない気持ちになるなあ。
車に近づくとこれまたいつもの男性が下りてきて、後部座席のドアを開けてくれた。動作ひとつひとつに品があって綺麗だ。男性はこちらを向いて腰を折る。
「お帰りなさいませ」
「ご苦労様。穴吹さん、お先にどうぞ」
促されるがまま車内に乗り込むと、追うように剣さんも入ってくる。
男性も運転席に戻り、いざ出発。……かとおもいきや。
「麗華お嬢様、お申し付けの品を持ってまいりました」
助手席に置いてあった箱を取り出し、剣さんに手渡した。
片手では持ちきれないサイズのそれを受け取った剣さんは膝の上に置き、そして車は出発。
「なにそれ?」
尋ねると、待ってましたと言わんばかりに輝いた目が私を見た。
「新品のバッシュですわ」
「へえ」
バッシュとはバスケットシューズの略である。その名の通り、バスケの練習や試合時に着用する靴だ。
「……え? もしかしてこれからバスケするつもり?」
一瞬の沈黙を挟んで私が問うた。言うまでもなく先ほど限界を迎えた体だ。せっかくの休日に追い込み練習みたいなことしたくない。
「まさか。そこまでの体力は残っていませんわ」
ほっ、と一息。よかったあ。
「でもそれならどうしてバッシュを?」
「それはですね……」
言葉を止めて剣さんは箱を開けた。
真ピンクの下地に白のラインが稲妻のように入った、引くくらいド派手ではあるが、剣さんクラスの選手が履くとオシャレでかっこいいと見なされるバッシュが入っている。
「どこのメーカー?」
私の好きな青色で、もう少し控えめに仕上がったバージョンがあるなら購入を検討したい。
しかし剣さんは少し言いにくそうに。
「市販されてはいません。うちで研究開発したわたくし専用です」
「そうきたか」
うちで研究開発なんて。随分と大掛かりなオーダーメイド品だ。で、それは私に見せつけるために持ってきたのかな?
憎らしいような羨ましいような感情を抱いたところで剣さんは奇行に走る。
履いていたヒールが低めのブーツを脱ぎ、バッシュに替えたのだ。
シート間が広いので悠々履き替えられるが、なぜ今履く?
「穴吹さん」
不可解な行動にあっけに取られていると、剣さんは足を向けてきた。
頬は朱に染まり、なんだか恥ずかしそう。そして言う。
「踏んでください」
嘘だろおい。
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