0045 ライバルとボーリング(2)
二投目、私がストライク、剣さんがスペア。
三投目、私がスペア、剣さんがストライク。
四投目、互いにストライク。
一進一退が続く。剣さんが力でねじ伏せ、私が技で華麗に魅せる。
激しく自己主張し合うようなぶつかり合い。その中で余計な会話などもちろん生まれない。そんなもの無駄口だ。熱き心だけ通じ合えばそれでいい。
気がつけば一ゲーム目が終わり、スコアは私が187、剣さんが182。
わずか五本差ながら、自己ベストを更新した私が勝利した。
「二ゲーム目、いくよね?」
「もちろんですわ」
久しぶりの会話が生まれた。勝利に浮かれてなんかいられない、敗北に悲しんでなんかいられない。早く次のゲームがしたい、目下にあるのは戦うことのみだ。
ここでふと、カラオケの際に芽生えた物足りなさが胸にストンと落ちた。
なぜ満足できなかったか、それは私が剣さんに楽しいを求めていないからだ。
他の人とは違って、彼女からは闘争心をかき立てる熱い感情が欲しい。
ふふっ、やっぱり採点モードにして勝負すればよかったかも。
そして二ゲーム目――勝利したのはまたも私。
スコアは189と185。
三ゲーム目も――私が勝利を収めた。
スコアは190と189。
自己ベストがどんどん更新されてゆく。
バスケでもそうだが、剣さんと勝負していると、なんだかいつも以上の力が出る。
なにはともあれ計三ゲームのプランが終了した。結果は私の三戦三勝、ストレート勝ちだ。
「よし……!」
喜びがこみ上げ、ガッツポーズが出た。非常に気分がいい。
「くっ……!」
一方で剣さんは顔を歪めている。さぞ悔しいことだろう。
「まだ続ける?」
「できますの?」
「うん、投げ放題とかあるから。どうする?」
「もちろんやりますわ。負けっぱなしでなんて終われませんもの」
私の申し出、剣さんの即答。投げ放題のプランを追加し、延長戦がスタートした。
この申し出の理由、一度も勝てなかった敗者に同情し勝負の機会を与えた……わけではない。
ただ純粋に、続けたかったのだ。この勝負を終わらせたくなかった。
燃え上がるような熱い気持ちは、まだまだ高ぶり続けている。
四ゲーム目――ついに剣さんが勝利をつかみ取った。
スコアはなんと、脅威の200。
「見ましたか穴吹さん、これがわたくしの実力ですわ」
目を見張りしばし唖然としていた私だったが、その煽りで闘志は加速する。
「ふん、一回勝っただけで調子に乗らないことだね」
「ですがこのスコアを超えられますでしょうか?」
「すぐ超える」
五ゲーム目――すぐ超えた。
私はスコアを210に乗せ、勝利を奪還した。
「ほら、ね」
「さすがですわ。それでこそ、負かせがいのある」
「よく言うよ」
不思議なものだ。私は別に帝王学といった大層な教育を受けて育ったわけではない。
勝利を宿命付けられてきた剣さんとは違って、のんびりゆったりとした人生を送ってきた。
けれど剣さんと勝負するとき、私は誰よりも熱くなる。誰よりも勝利に飢える。
勝利を目指し熱い戦いに身を埋めるこの時間が大好きだ。
剣さんと張り合う私は、きっと世界中の誰よりも好戦的に違いない。
六ゲーム目――互いのスコアが並んだ。
220と220。
騒然とする周りの声が否応なしに聞こえてくる、レベルの高すぎる引き分けだ。
「私達、プロになれるかもね」
「無理ですわ。だってわたくし、穴吹さんと勝負するときしかこんなスコアは出せません」
「ははっ、言えてる。たぶん私も同じだ」
七ゲーム目――またも220と220。
八ゲーム目――これも220と220。
高いレベルでのしのぎあいが続く。
その中で、騒然としていた周りの声はいつしか聞こえなくなった。
研ぎ澄まされた五感が、集中のあまり剣さんにしか向かなくなったのだ。
なんとも自己中心的で、排他的で、自分勝手で、わがままで、心地いい。今ここにある世界と時間は、私達だけのものだ。
やがて――何ゲーム目に差し掛かった頃だろうか。
剣さんが130で、私が125。お互いスコアが目に見えて落ちた。
原因は体力が限界を迎えたことにある。
指と腰と腕が火傷したように痛いし、足もパンパンに張っている。剣さんも同じだろう。
しかしそんなことは口に出さない。やめられるわけがない。ゲームを続ける。
これ以降のスコアが総じて酷いものだったのにもかかわらず、負けたくないという燃える闘争心だけで意地を張った。精神力の勝負に突入し、ボールを投げ続ける。
その結果――
みるみる落ちてゆくスコアはついに、目も当てられない数字を叩き出す。
20と20。
お互いに何度ガーターを出したことやら。さきほど繰り広げたレベルの高い勝負とは打って変わって、初心者の小学生のような凡戦で引き分けとなった。
そしてそれが区切りとなり、どちらからともなくついた大きな息が終戦の合図となる。
座り込んで、久々に声を発す。渇いた喉を上手く通らなかった。
「ゆ……指が千切れそう」
「か……肩も上がらないですわ。明日の練習に影響がでないか心配ですわ」
「間違いなく出るだろうね」
そして待ち受けるのは罰走だ。やれやれ。
体を動かしたくても動かせない。しばらくぐったりとなった。疲労感はとてつもない。
だがしかし、これほど心地よい疲労感は他に存在しない。まさに完全燃焼だ。
「結局、どっちが勝ったんだろう?」
ふと思ったことが口に出た。剣さんへの問いと言うよりは自問に近かった。
天井から下がったモニターを見る。表示されていたのは最後の勝負となった20と20のスコア、それと『25ゲーム目』という文字。それならば……。
「たぶん11勝10敗4分けで私の勝ちだね」
確信に近い自信がある。しかし剣さんは反論があるようで。
「いえ、たぶん穴吹さんは10勝11敗4分け。よってわたくしの勝ちですわ」
「はあ? 私の勝ちだってば」
「いえいえ、勝ちはわたくしですわ」
お互いの主張に根拠はない。ただの体感で自身が勝ったと言い合う、傍から見ればなんとも不毛な争い。でもこれくらい、どちらも負けず嫌いなのだ。
「よーし、じゃあ確かめてみよう」
終わりの見えない議論に終止符を打つべく、私は這うようにボールリターンに据え付けられたモニターに向かった。
ちなみにボールリターンとは投げた玉が返ってくる機械のことだ。そういう名前だと、ボール置き場の近くにあった張り紙が豆知識として教示していた。
モニターの左下部には『成績』というボタンがあり、押すとこれまでのスコアが一覧となって表示された。
いつのまにやら剣さんも隣にいて、顔を寄せ合いながら指を差して勝敗を確認する。
「えーと、1、2、3……」
私が読み上げていくのは自身の勝利数。引き分けのときは左手の指を折る。
結果が、出た。
「10勝と5分け、てことは10敗……」
「すなわちわたくしの成績も、10勝10敗5分け……」
「ふっ」
「くすっ」
二人して思わず吹き出した。
張り詰めていた居心地の良い緊迫感は溶け、緩んだ空気が場を包む。
ライバル対決場外乱闘編、総合結果は引き分けで幕を閉じた。
「次は勝つから」
「そっくりそのままお返ししますわ」
再戦を望むと共に、少しボーリングの練習をしておこう、なんて思った。
ご覧頂きありがとうございます。
よろしければブックマーク、評価、コメント残して頂けると幸いです。




