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0043 ライバルと回転寿司(3)

「はい、どうぞ」


「お味噌汁ですか?」


「違うよ。味噌は味噌でも味噌ラーメン」


「はい⁈」

 

 驚きの声を上げた剣さんはお椀を開け、その目を見開いた。


「ここお寿司屋さんですわよね⁈」


「だから回転寿司で細かいことを気にしちゃダメなんだって」


「ラーメンを出しておいて細かいこと扱いは無理がありますわ……」

 

 剣さんは困惑しながらも箸をお椀の中に浸ける。


「ええと、これはこのまま麺をすすってよろしいんですわよね?」


「あれ? もしかしてラーメン初めて?」


「はい」

 

 はえー、、もはや国民食と言っていいラーメンをこの歳になるまで口にしたことがなかったなんて。お嬢様の生活ってやっぱり私とはかけ離れているなあ。


「興味はあったんですけど機会に恵まれませんでしたの。友人や部員や家族でラーメン屋に行こうなんて話、一切上がりませんから。一人で入るのは抵抗がありますし」


「なるほどね」

 

 周りの環境から私とは違うわけだ。


 うちの部員なんて学校近くのからあげ屋やお好み焼き屋に常連レベルで出入りしているような女子力皆無の人たちがほとんどだぞ。お嬢様揃いの白百合部員は絶対やりそうにない。

 

 剣さんは麺をスープから引きあげ、鋭い視線を送る。そして遠慮がちにすすった。


「こ、これは……」

 

 おや? 身体を震えさせている。あんまり美味しくなかったかな?


「とっっっても美味しいですわ!!!」


「おお、そりゃよかった」

 

 欲しかった『美味しい』の一言。さらには強調の言葉までおまけについてきた。


「魚介の風味が効いた濃厚な味がこの身に染みますわ! どうしてわたくしは今までラーメンを食べてこなかったのでしょう! 後悔の念すら感じます!」


「さすがに大げさすぎない?」

 

 だがその発言に嘘偽りはなかったようで、剣さんはこのハイテンションを維持したままラーメンをあっという間に完食した。しかもスープを飲み干して。


 さらには塩味、醤油味、とんこつ味のラーメンを一杯ずつ追加で頼んでこちらも速攻で完食する。お椀サイズのラーメンとはいえその食欲には驚愕の一言だ。


「最後に味噌をまた一杯」


「嘘でしょ」

 

 実際嘘だった。最後ではなかったから。

 

 結局剣さんは味噌・塩・醤油・とんこつ・味噌・塩・醤油・とんこつ・味噌・塩・醤油・とんこつと、まさかの全種類を三周り。


 計15杯のラーメンをまるでわんこそばのように平らげ、最後は恍惚の表情を浮かべていた。


「お腹いっぱいですわ」


「でしょうね」

 

 でもまあ、私のチョイスした店でお腹いっぱいになるほど満足してくれたのには喜びを感じる。鯛で不満になったときはどうなることかと思ったが、よかったよかった。


「わたくし、お花摘みに行ってきますわ」


「お花……? ああ、そういうことね、いってらっしゃい」

 

 お嬢様ってトイレに行くことを本当にそう表現するんだ。生で耳にしたのは初めてだから一瞬理解が追い付かなかった。

 

 さて、なんだかんだで私も寿司を堪能した。トイレから帰ってきたら『じゃあお会計を』という流れになるだろう。


 二回連続でおごられるわけにもいかないから、今度は財布を出してスタンバイしておこう。


「お待たせしましたわ」

 

 やがて剣さんが帰ってきた。


「もう満足した?」


「はい」


「じゃあ出ようか」

 

 よしよし、こちらのペースだ。

 

 そもそも剣さんは回転寿司の会計システムを知らないだろうから、これにおいてリードされることはない。


 タッチパネルでお会計ボタンを押すとすぐさま店員がやってきて、皿や小鉢の数を数える。


 その後、入店した際に受け取った伝票を店員に手渡すと、値段を反映させてくれ、レジでその金額を払う仕組みだ。

 

 戻ってきた伝票をさっと私が受け取り、レジに向かう。剣さんは後ろを付いてくるだけだ。この調子で会計を済ませてしまおう。


 しかし、レジに立つ店員から告げられた一言に、私は唖然とさせられた。


「お会計はさっきお預かりしましたカードでよろしかったですか?」


 はい? カード?


 すると満を持したと言わんばかりに剣さんが私の前に躍り出る。


 端末機器を操作して暗証番号を打ち込み、唖然としてる間に会計を終わらされてしまった。


 くるっと振り返って私を見た剣さんは、得意げだった。


「穴吹さんの考えそうなことくらいお見通しですわ。さっきお花を摘みに行ったついでにクレジットカードを預けておきましたの」


「ええ、どうしてそこまで」

 

 尋ねると、剣さんは目をそらして頬を赤く染めた。


「好きな人に財布を出させるわけにはいきませんから。またわたくしの勝ちですわね」


「な、なるほど……」

 

 愛を告げる言葉と、勝ちという単語が並列した摩訶不思議な台詞だった。

 

 もしかすると、デート代は全て己が持つという信念も、帝王学とやらの一環なのかもしれない。


ご覧頂きありがとうございます。

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