0042 ライバルと回転寿司(2)
大火傷の危機を回避し、剣さんの興味はレーンを流れる寿司に移る。
「あ、鯛が流れてきましたわ!」
鳴門鯛と書かれた三角の広告に続き、金色の皿に鯛が一貫ずつ乗ってやってきた。
「取っていいんですのよね、これ?」
「えーーーと、うん、いいよ」
一貫二百円の寿司を取ることにかなりの抵抗を示してしまった私は生粋の庶民だ。
「わたくし、白身魚が大好きですの」
当然だが剣さんはなにひとつ躊躇していない。
もういいや、あとは野となれ山となれ、私も取っちゃおう。
勇気を出して取った寿司ネタを眺めてみると、二貫百円のそれより大きくて分厚い。さらにはダイヤモンドと見間違えそうなほどの艶が走っている。これは美味しそうだ。
醤油とわさびを用意し、見た目からして食欲をそそる一貫二百円の寿司に目と心を奪われ、もったいなく思いながらも私は一気に頬張った。
おほう、やっぱり美味しい。具体的になにが美味しいのかと問われたら説明できないけど、白身魚ってそんなもんでしょ? なんとなく美味しいのだ。
「剣さんはどう? おいし……い?」
やはり案の定の展開と言うべきか。
剣さんの表情はうかなく、首を傾げながら咀嚼していた。
私の呼びかけにより笑みを浮かべて姿勢を整えたが、作り笑いであることは誰が見ても明白。だって頬が引きつってるもん。
「あんまり美味しくなかった?」
「い、いえいえそんなことありませんわ」
「無理しなくていいって」
一貫二百円の鯛。私にとっては高級品でも、剣さんにとっては激安品だ。
「ご、ごめんなさい……実は……あまり口に合いませんでしたわ……」
「やっぱりね」
「せっかく穴吹さんが連れてきてくださったのにわたくしったら……ふええん……」
「あー泣かないで! 結構想像通りの展開でまったく気にしてないから!」
「ぐすんぐすん、鳴門鯛ってもう少し美味しかったイメージがあったんですけど……」
剣さんが食べたことある鳴門鯛は渦に揉まれしっかりと身が引き締まった豪胆な鯛だったのだろう。そして一貫時価で人様の前に登場する。
一方、一貫二百円のこちらの鯛は渦に揉まれていないやわで貧弱な鯛に違いない。ま、渦が基準だなんて完全に想像だけど。
しかし一貫二百円の寿司で不満ならなにも食べられない……いや、待てよ。
切り口を変えてこんなのはどうだろうか。
私は備え付けのタッチパネルを操作し寿司を注文する。申し訳なさそうな表情でお茶を飲んでいる剣さんのために。
数分待って、それは運ばれてきた。
「はい、これ食べてみて」
「なんですの?」
「マヨコーン」
あえて安っぽいネタで勝負だ。
高級なマヨコーンなんてこの世に存在しない。
「マヨコーンって……これ本当にお寿司なんですか?」
「回転寿司界隈なら定番ネタだよ」
「はあ、そうなんですか」
あまり気乗りしている感じはしなかったが、剣さんは口へ運んだ。
「ん、意外といけますわね。鯛よりいいですわ」
「そりゃよかった」
鯛くんは気を落とさないでくれよ。君は超高級寿司で出てくるネタが比較対象だったんだ。相手が悪かったと思えばいい。
「お、頼んだ品がまた来たよ」
実は私が剣さんのために頼んだ寿司は他にもある。
「はい、エビフライとハンバーグ」
「なんですかこのお寿司⁈ 無理やり感が半端じゃないですわ⁈」
「細かいことを気にしちゃダメなのが回転寿司のマナーだよ」
そんなことを言いながら、私は流れてくるマグロやイクラといった王道のネタを取ってゆく。剣さんはハンバーグとエビフライを食べて一言。
「面白いですわ」
なるほどなるほど、作り笑みではないから好感触みたい。だけど、どうせなら『美味しい』の言葉が聞きたいなあ。
その一言を目指し、私はさらに切り口を変える。
タッチパネルを操作して次に頼むものは……もはや寿司ではない。
数分後、大きめのお椀に入れられてそれがやってきた。
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