0041 ライバルと回転寿司(1)
カラオケを始めて二時間が経った午前十一時、ここで私は次のエスコートを開始した。
「昼食も私の馴染みの店がいい?」
「はい、もちろん!」
即答だった。剣さんの願望は揺るぎない。
「じゃあそろそろ行こっか」
「え? 早くないですか?」
「十二時が近づくにつれ混むんだ。特に今日は休日だし並ぶ羽目になっちゃうよ」
「まあ、そんな人気店に連れて行ってくださるのですね!」
人気といや人気だけど……。
これから行こうとする店が人気店と表現されているのを聞いたことがない。
「そんなに期待しないでね」
一応保険を打ってからカラオケブースを出た。伝票を持ってエレベーターで一階に降り、受付カウンターで会計だ。
「料金ならすでにお連れの方から頂いております。追加もありませんからどうぞそのまま」
「え?」
店員のその声に、思わず剣さんを見た。
「さっき穴吹さんがお手洗いに行った際に済ませておきました」
「ええ、そうなの。いくらだった?」
「わたくしが持ちますわ。お気になさらず」
「いやでも……」
「そんなことより早くお昼ご飯に連れて行ってください」
堂々と言い放ち、颯爽と私の手を取る剣さん。財布を出す隙すら与えてくれない。これ女の子にモテるだろうなあ、なんて第三者的な感想を抱いた。
ラウワンを出て、車が多く通る国道沿いの道を横並びで歩いていたのだが、剣さんはスッと道路側の方に移動。
すごい、紳士的な行動をその身に叩き込んでいる。繰り返すが、女の子にモテるだろうなあ。
「タクシーでも呼びましょうか?」
「いやいや、歩いて数分もかからないから」
それに私は普段の移動手段にタクシーを選んだりしない。
「ほら、もう看板見えてるし」
「えーと、あそこにある『マツ寿司』ですか?」
「うん」
全国展開している回転寿司のチェーン店。そこが今回私の選んだ店だ。
ラウワン近くで食事を取るとなると、ここに行くのが鉄板になっている。
「わたくしお寿司大好きですの!」
「そりゃよかった」
でも回転寿司が剣さんの口に合うかなあ? ドリンクバーの紅茶の件もあったし。
店を変える選択も頭をよぎった。だが剣さんはすでにウキウキだし、他の店の候補もない。
ま、なるようになるか。
投げやりに懸念を振り払って入店。お昼時より少し早い時間なのが功を奏し、待ち時間はなくそのまま席に通される。席に着くや否や、剣さんはレーンに向けた目を輝かせて言った。
「こ、ここはもしや、あのうわさに聞く回転寿司ではありませんか⁈」
「カラオケのときも言ったけど、そんな幻みたいな存在じゃないから」
「一度行ってみたいと思っていましたの! わあ、本当にお寿司が回っていますわ……」
もの珍しいのかキョロキョロ辺りを見渡し興味津々の様子。
「ん? 黒いボタンがありますわ」
目を付けたのは熱湯が出るボタン。ここはひとつ王道のギャグでもお見舞いしておこうかな。
「それは手を洗うところだよ」
ボタンの上には『熱湯』と赤い字で書いてある。引っかかることなどまずありえないことを前提としたボケだ。さて、ちゃんとツッコんでくれるかな?
「わかりましたわ!」
「ちょおーっ! ストップストップストップ! ストップゥゥゥゥゥ!!!」
黒いボタンへと伸ばされた剣さんの手。私はそれを必死の思いで掴んだ。
「えっ、あっ、急に強引になりましたね……でも嬉しいですわ……」
「いやいや乙女モードにならないで」
私は手を放し、注意書きを指さす。
「ほら、熱湯って書いてあるでしょ。ちゃんと読んで」
「本当ですわ。興奮のあまり気づきませんでした」
「まったくもう……」
思わずため息が漏れる。そして対面にいる剣さんはなぜかモジモジしだした。
「でもあれだけ大きな声を出してわたくしを守ってくださるなんて、感無量ですわ」
「自分で言うのもなんだけど、けしかけたの私だからね」
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