0040 ライバルとカラオケ(2)
私と剣さんが交互に歌う。
最近の曲に疎い私が懐かしめのジェイポップばかり選んでいたのに対し、剣さんの選曲は古い洋楽から最近はやりのアニソンまでバラエティに富んでいた。
しかも上手い。
透き通るような歌声で音程を外すことは滅多になく、聞いていて心地いい。
そして私も下手なりに楽しむ。
だけど――。
なにか物足りない。なぜだろう?
自分が歌って、楽しむ。あるいは人が歌うのを聞いて、楽しむ。
カラオケとはそういうもので、陽菜やつーちゃんとはそれだけで満足だった。でも今の私はなぜか満足には至らない。
その理由がどこにあるのか、答えが出ぬまま時間は過ぎる。
ふと剣さんのコップに視線がいったとき、疑問は別のものにすり替わった。
あれ? アイスティーが全然減ってない?
結構歌ったはずなのに喉が渇かないのだろうかと疑問に思ったが、少し以前を振り返って合点がいく。喉が渇かないのではない。
「ドリンクバーのアイスティーは美味しくない?」
「え、いや、そんなことはありませんわ!」
「隠さなくても見たらわかるって」
大量に残ったアイスティーがなによりの証拠だ。剣さんも逡巡あったが観念したようで。
「正直言いますと、あまり口に合いませんわ。不味いと言うよりは、普段飲んでいるアイスティーと違い過ぎて……」
ははあ、なるほど。
剣さんはきっと超高級なアイスティーを常飲しているのだろう。私も埠頭で飲ませてもらったが、ドリンクバーのそれとは全くの別物だった。要は慣れた味と違うのだから、長年に渡って構築されたアイスティーに対するイメージが崩れるのだ。不味い云々抜きに違和感を覚えるのは頷ける。
「じゃあ、こっち飲んでみる?」
私は残り少ない自分のコーラを差し出した。常飲してない物なら、崩れるイメージなんか最初から存在しない。
「でもそれは……」
「あれ? コーラ嫌い? それとも飲んだことない?」
「いえ、さすがに飲んだことありますし嫌いでもありませんわ。ただ……」
「ただ?」
剣さんは黙った。そしてなぜか視線が落ち着かない。
なにかに対して躊躇しているようだが、その理由を語らない。
口を開くまでに、不自然な待ち時間を要した。
「い、いただきますわ!」
意を決したように言い放った剣さんは、コーラの入ったコップを掴み、一口飲んだ。コーラ飲むのにそんなに勇気がいる?
「おいしいですわ……」
「そりゃよかった」
「とっても刺激的で、甘かったですわ」
「炭酸飲料だからねー」
当たり前じゃんとばかりに軽く告げる。異変を感じたのはそのあとだ。
剣さんが熱くねっとりとした眼差しを私に向けていた。
「刺激的で、甘かったですわ」
その上言葉を繰り返す。
不思議な言動だったが、私も気づいた。
あ、間接キスとか、そういうの考えてる?
剣さんはスススッと近づいてきた。あからさまな感情をその目に込めて。
あちゃーまいったな。これ私が悪い?
密室に連れ込んで、間接キスを促した。わざと意味深に表すとこんな感じ。
なるほどなるほど、私が悪いかもしれない。
こんな思わせぶりな私だけど、一応もう一回言っとくね。
「変なことしないでね」
すると、暴走しかけであることに気付いたのか、剣さんは我に返って大きく距離を取った。顔面は真っ赤。逃げ出したいくらい恥ずかしく、火が吹き出そうなくらい熱いことだろう。
「さ、さあて……」
その状態でタッチパネルを手に取ろうとしている。
「連続になりますけどわたくしが入れてもいいですか?」
「いいよー」
どうやら恥ずかしさや熱さを、歌で払拭したいと考えたらしい。
素早い指の動きで曲を入れマイクを持つと、随分と可憐なイントロが流れ始めた。
この流れでまさかのラブソングだ。
余計恥ずかしくならない? それ?
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