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0004 ライバルから(3)

 泣いている。

 コート上で激闘を繰り広げてきた好敵手が、声を上げて泣いている。


「ふえぇぇぇん」

 

 涙は留まることを知らない。


「ちょっ、ちょっとちょっと、泣かないでよ」


「ふえぇぇぇん」


「ごめん。ごめんてば」


「ふえぇぇぇん。お、お慕い、お慕い申し上げているんですぅぅぅ」


「わかった。わかったってば」

 

 とは言いつつ、まったく状況についていけない。

 

 剣さんの涙はまごう事なき本物で、これがもし演技ならばアカデミー賞主演女優賞も容易いだろう。


 え? まさか本気? 本当に本気?

 

 とりあえず剣さんの背中をさする。しのぎを削り合うライバル関係とは思えぬ珍妙な光景だ。何やってるんだ私は、と自分で自分にツッコみたくなった。

 

 剣さんが泣き止むまで、しばしの時間を要した。


「ひっく、ひっく、ひっく」


「落ち着いた?」


「ひっく、ひっく、はい」

 

 依然として声を詰まらせているが、涙は止まった。

 

 私はさっき放り捨てた手紙を拾い上げ、剣さんの目の前に示す。


「えっと……本気?」


「ひっく、はい、本気ですわ」

 

 即答だった。しかも私を真っ直ぐに見つめながら。


「えっと、私、難しい表現よくわからないんだけど、この『お慕い申し上げております』ってのは、『好きです。付き合って下さい』って言い換えられたりできるやつ?」

 

 この問いの返答には少し間があった。


 剣さんは青白くなっていた顔をまた真っ赤に染め、チラチラとこちらに視線を合わせたり逸らしたりしながら、口をひらく。


「はい、その通りですわ。穴吹さんのことが……好きです」

 

 いやいや乙女か!


「えっと……」

 

 我が事ながら『えっと』が多い。この状況下でスムーズに言葉が出るわけないが。


 そりゃ、かなりモテる人なら一日に二度告白を受ける、なんてこともあるのかもしれない。そういう人は軽く対応できるのだろう。


 だけど、私は告白を受けるなんて今日が初めてで、なおかつ――。


「私、女だよ」

 

 相手は同性だ。同性を相手に、私は本日二度目の告白を受けている。


「はい、わたくしも女性ですわ。女性のわたくしですけども、女性の穴吹さんに恋をしているのです」

 

 おお、真っ直ぐだ。発言もさることながら、目線も真っ直ぐ。


 ……あれ? だけど少し、歪んでいる?


「ごめんなさい。迷惑でしたか? ……ふえぇぇぇん」


「あー、だから泣かないでって! 迷惑じゃないから!」

 

 迷惑というより困惑している。剣さんって、こんなによく泣く人なの? 今まで抱いていたイメージが一新されたんだけど。

 

 フォローの甲斐あって、今度はすぐ泣き止んでくれた。


 二度も泣いたせいで目が大きく腫れている。そんな剣さんに、私は尋ねた。


「えっと、剣さんも私と、その、キスしたいとか思ってるの?」


「ええ!」

 

 互いに肩が跳ねた。剣さんは私の問いかけを聞いて。私は剣さんの驚く反応を見て。

 

 え? 今の質問そんなに変だった? 流れを鑑みたらまっとうだと思うけど。


「そんな……キスだなんて……」

 

 ん? 身体をよじらせ、なんだかモジモジしているぞ?


「わたくしは……まだそんな先のこと想像もつきませんわ……今望みがあるとすれば……そうですわね……真剣な交際を始めて、手を繋いで、デ、デートとかしてみたいですわ」

 

 いや乙女じゃん! うん、確信した! 剣さんは乙女だ!


「穴吹さんはわたくしのこと、どう想ってらっしゃいますか?」


「え、ええと……」

 

 剣さんはずいっと前のめりになった。

 

 これって、告白の返事をしろってことだよね? こんな急展開で即回答なんてできるわけないじゃん。それはさすがに勘弁して。


「ああ、ごめんなさい。はしたないことをしましたわ」

 

 私の目が泳いでるのに気付いたのか、剣さんは一歩後ろに退いた。

 

 ふう、助かった。


「明日また、ここに来ますわ。そのとき返事を聞かせて下さい」

 

 ええ、明日⁉

 

 ニコッと微笑みながら酷なことを告げた剣さん。そして彼女は外へ駆け出した。


「ちょ、ちょっと!」

 

 呼び止めようとしたが、一瞬で暗闇に消え見えなくなる。


 さすが白百合バスケ部のエース。足が速い。……って感心している場合じゃなくて!

 

 一人残された私は体育館の床にまた寝転んだ。


「はあーーーっ」

 

 仰向けになり、体中の気体を全てなくす勢いで息を吐く。困惑の純度百パーセントのため息だ。

 

 ずっと高飛車な女王様だと思っていたのに、実はピュアで泣き虫な乙女だった。

 そんなライバルから、告白を受けた。

 

 言葉で整理するとわりと単純かもしれないが、私の心中は複雑な渦に巻かれている。

 

 なにせ課せられた課題は『告白の返事』という超難問だ。


 しかも、つーちゃんの分と合せると計二つ。私はいつの間にこんなモテ女になったんだ?


「参ったなあ」と、またため息がこぼれた。


 煌々と明かりが灯る体育館に、重苦しい空気が充満する。

 


ご覧頂きありがとうございます。

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