0039 ライバルとカラオケ(1)
明るくなった部屋で、早速歌おうとタッチパネルを手に取る。
すると、スススッと滑るように剣さんが近づいてきた。さっきのような危険な思考は感じられない。単にタッチパネルが気になるようで、がっつり覗き込んできた。
「なるほどなるほど。題目検索、歌手検索、歌詞検索、さらにはランキングやシチュエーションに応じたお勧めジャンルまで、様々な形で曲を探せるのですね。工夫が凝らされていますわ」
「冷静な分析だね」
それにどこか経営者目線だ。
「さっき言っていた採点モードにするにはどうすれば?」
「これを入れるんだよ」
私は『精密採点EX』と表示されたバナーを指さした。
「やる?」
「是非! 点数がつくのでしょう? 勝負しましょう!」
高らかに、そして挑戦的に言い放った剣さん。私は苦笑いを浮かべた。
「たかがカラオケで勝負なんて大げさな……」
言うと、剣さんはその意気込みが場違いであることに気づいたのか、ハッとなって照れ笑いを浮かべた。
「ごめんなさい。幼いころより受けてきた帝王学のせいで、どうしても好戦的になってしまうのですわ」
「帝王学? なにそれ?」
「うーん、説明するとなると難しいですわね。あえて簡単に言うならば、剣コンツェルンを継ぐための英才教育といったところでしょうか」
「え⁈ 継ぐの⁈」
「はい、継ぎますわ」
即答した剣さんは、笑みの上に少し真剣な表情を混ざらせて語る。
「わたくしはただの社長令嬢ではありません、剣コンツェルンの跡取りですわ。ですので将来数千万人の上に立つ者として、幼き頃より剣家の帝王学を受けてきました。学問は無論、芸術や武道、経済や財政における専門知識に加え、立ち振る舞いや経営者の思考法まで多岐に。そしてそれらすべての教育は、元を辿れば一つの理念に収まりますの」
剣さんの表情に凄みが増した。
多岐にわたる教育の元となる帝王学の理念とはいったい……。
「勝て。以上ですわ」
ズンッ、と。内臓が押しつぶされるような感覚を味わった。
たった二文字だが、これほど重みのある言葉はない。
考えてみればそうだ。剣コンツェルンのトップが負けることは、同時に下に付く大勢の人も負けることを意味する。
そうさせないために、剣さんは今まで勝ちを宿命づけられた人生を送ってきたのだ。
「なんかこう、大変だね……」
凡人の私はそんな月並みの言葉をかけることしかできない。
けれども剣さんは大切に受け止めてくれたのか、表情が少し柔和になった。
「大変です。けれどもやりがいは大きいですわ」
やりがいにできる度量がまたすごい。私なら押しつぶされている。
「それに社会勉強と銘打ってかなり自由にさせてもらえますからね。おかげで海外を一人で旅行することもできますし、こうして穴吹さんとお出かけもできる。知り合いに社長令嬢がたくさんいますけど、ひどいものですわ。何をするにも制限の連続でがんじがらめ。わたくしはあのような箱入り娘にだけは絶対なりたくありませんの。自由は甘美の味ですから」
そう言った剣さんは、まるで自らの自由を証明するかのように腕を大きく上げて背伸びした。
「ま、責任もセットで付いて回りますが」
「さらっと言えるような責任じゃないでしょ、それ」
「果てしない地獄のような責任ですわ」
「怖い怖い」
張り詰めた空気に耐えきれなくなって、私は大きなため息をひとつ吐いた。
「ああ、ごめんなさい。せっかくの楽しい場所を変な空気にしてしまいましたわ」
「いやいいよ。で、採点はどうする?」
「穴吹さんにお任せしますわ」
「うーん、私、あんまり上手くないから無しでいい?」
「はい、今回は勝負抜きで楽しみましょう」
というわけで採点モードは無し。気を取り直して今度こそ楽しもう。
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