0038 ライバルと庶民仕様デート(2)
「じゃあ駅まで行こうか」
「電車に乗るのですよね!」
「うん。……ちなみに乗ったことある?」
「社会勉強のために数回ほど」
「なるほど」
社会勉強で電車に乗るのか……。
そんな超お金持ち剣さん。既にご機嫌なのか、駅までの道中を跳ねるように歩いている。
「今からどこに連れて行ってくださいますの?」
「ラウワン」
「ラウワン? なんですのそこは?」
「ま、行けばわかるよ。色々あるから」
駅に着き、電車に乗ること数分。下車して歩いて数分。
自宅から三十分もかからない距離にそれはある。
ラウワンこと、正式名称ラウワンド。カラオケやゲームセンターなど様々な遊び場を集合させている複合型エンターテイメント施設だ。
「ラウワンドのことでしたか」
剣さんが巨大な建屋を眺めて言った。
「知ってたの?」
「はい、うちの傘下にありますから」
わお、またこのパターンか。いったいどれだけ傘下の企業があるんだ?
もはや日本の経済は剣コンツェルンに牛耳られていると言っても過言じゃなさそう。
「でも入るのは初めてです。楽しみですわ」
「そりゃなにより」
入店すると、まずはゲームセンターのブースが目前に広がる。剣さんは足を止めた。どうやら雑多な音と光に圧倒されているようだ。
「カジノのスロットコーナーみたいですわ……」
「ゲームセンターを見てその例えする人、他にいないと思うよ」
逆ならいると思うけど。
「てかカジノ行ったことあるの?」
「ええ、社会勉強のためにラスベガスを見学しましたわ」
ふうん、横浜のラウワンよりラスベガスのカジノが先なのか。人生経験が豊富なのか欠如しているのかよくわからない。
「穴吹さんはここでよく遊ぶのですね」
「うん。よく遊ぶ……ん?」
ふと考えてみたら、よくは遊ばない。時間がないからだ。
平日は夜遅くまで部活しているし、土曜も同じく部活。
唯一の休みである日曜は日々の疲れを癒すために部屋に引きこもっていることが多い。
中学の時は部活が土曜も休みだったから、つーちゃんか陽菜と遊びに来ていたけど。最後に訪れたのはさかのぼること二年前だ。
はあ、私、全然女子高生っぽくないなあ。
「実は私も久しぶりだったりするかも」
「そうなんですか。ではなにからします? あそこにある、ぬいぐるみを無造作に重ねてガラスケースに閉じ込めているやつですか?」
「クレーンゲームね」
剣さんは目を輝かせてソワソワしている。早く遊びたいけど親の言いつけを律儀に守って待つ子供のようだ。
そういや、ここに来た経緯を鑑みるに今日は私が引っ張ってあげなきゃいけない。
面倒くさいけどしょうがない。お嬢様をエスコートしてあげますか。
「先にカラオケ行こ? クレーンゲームはいつでもできるけど、カラオケは段々混むから」
「カラオケって、まさかあの噂に聞く、歌をうたう場所ですか⁉」
「そんな幻みたいな存在じゃないから。どこにでもあるから」
「行きましょう行きましょう! 一度行ってみたいと思っていましたの!」
どうやらカラオケも初めてのようだ。そして異様なほどの関心を寄せている。
というわけでゲームセンターを横目に受付カウンターへ向かった。ここで金髪の店員を相手に午前のフリータイムと適当な機種を勝手に選ぶ。どうせ剣さんに聞いてもわからないだろうし。
「フリータイムってなんですの? ダムムってなんですの?」
ほら案の定。
「フリータイムは広く設定された時間内を好きなだけ歌えるプラン。今回は午前のフリータイムだから最大十二時までね。予め細かく時間を決める必要がないし、意外と安くつくからお得だよ」
とは言いつつ、剣さんに『安いからお得』なんて概念はないと思うけど。
「ダムムはカラオケの機種だね。これは正直言って他との違いがわかんない。あ、でも採点モードにしたときの結果が他よりシビアな気がするなあ」
あくまでも体感だけど。私もそこまでカラオケに精通しているわけじゃない。
「ま、どれを選んだって大して変わりないから今回は私に任せて」
「は、はひ……」
「はひ?」
舌足らずの返事が気になって横を見やると、剣さんは頬を朱に染めて、体を左右にねじっていた。
「どしたの?」
「ぐいぐい引っ張ってくれる穴吹さんがカッコよくて」
「は、ははは、そりゃどうも」
受付を済ませた私たちは建物五階にあるカラオケブースに向かう。ⅠCチップが入った専用のカードが手渡され、これをエレベーターでかざさないと五階まで行けない仕組みになっているらしい。セキュリティ対策が万全だ。
五階に到着。部屋まで行く道中、ドリンクコーナーを見つけた。ちなみにフリータイムはドリンクバーがセットになっている。
「先に飲み物入れてから行こっか。あ、ドリンクバーって知ってる?」
「仕組みは知ってますわ!」
剣さんは得意げに笑った。いやいや一般市民なら小学生でも知ってることだからね。
しかも『仕組みは』ってことは実際に利用した経験はないみたいだ。
現に剣さんはコーラを入れる私を凝視してから行動を開始した。初めて触るドリンクバーを見よう見まねで対応しようとしている。
「えと、えっと、リポトンは確か……紅茶メーカーでしたわね」
慣れない手つきでアイスティーを入れ終わると、また得意げな笑みを私に見せた。
はいはい、すごいすごい。
こうして剣さんは初めてのドリンクバーを経験し、部屋に入った。
私は入るや否や部屋の真ん中にある小さなテーブルに飲み物を置き、コの字のソファーに腰かける。けして広くはない部屋だが、二人で使うには十分だ。
でもお金持ちの剣さんからしてみれば窮屈に感じるかな? その剣さんは立ちっぱなしで部屋の中をキョロキョロ眺めている。
「狭い?」
尋ねると、剣さんの肩がビクンと跳ねた。
なんだなんだ? そんな過剰に反応される質問をしたつもりはないぞ。
「狭いですわ」
「やっぱりね」
「あと薄暗くて、密室で」
「うん? そうだね」
「こんな場所で穴吹さんと二人きり……ドキドキしますわ」
「私から誘っておいてなんだけど、変なことしないでね」
頬を真っ赤に染めて、挙動不審とばかりに定まらない視線。
なにを考えているのか知りたくもないが、とりあえず私は部屋を明るくするため席を立った。
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