0037 ライバルと庶民仕様デート(1)
つーちゃんとのお出かけが終わり、また普通の一週間が始まった。
いつもの授業を受け流し、いつもの部活をギリギリでこなす日々。調子が上がらない私に対する監督の睨みも、もはや日常の風景と化しつつあった。
こんなふうに、すべて普通。……かと思いきや。
つーちゃんからのアピールが普通じゃない。
お昼のお弁当は言わずもがな、朝と夜の食事まで作ろうとしてくる。
強引に自宅に上がろうとするつーちゃんに激怒する陽菜。
呑気に歓迎の姿勢を見せるお母さん。
そのお母さんに対しさらに激怒する陽菜。
罵詈雑言を浴びせられた結果号泣するお母さん、と。
地獄のような光景が目の前で繰り広げられ、今あやしい宗教団体に勧誘されたら、正体不明の神様だろうと救いを求めて入会してしまうんじゃないかと思うほどメンタルが疲弊した。
それに加え、剣さんからの接触も私のメンタルを疲弊させる一因となった。直接会おうとしてくることはなかったけど、とにかくラウィンが来る来る来る。
しかも、校庭の花が綺麗だった、天気がよくて気持ちがいい、新しい服を買った、なんて中身の薄いことばかり。そんなどうでもいい内容でも一時間以内に返信しなければ大変なことになる。
電話が掛かってきて開口一番嗚咽を漏らす剣さんを泣き止ませる作業が発生するのだ。面倒くさいことこの上ない。
私はなんでこんなに無駄な時間を使わされているのだろうと、自分の運命に対し神様に文句を言いたくなった。救いを求められたり文句を言われたりで、我が事ながら神様も迷惑していると思う。
そんな感じで一週間は過ぎ、また日曜日がやってきた。
今日は剣さんとお出かけする日だ。
午前八時、私は嫌いな音ランキング堂々の第一位を飾る目覚ましで起床する。
普段よりは遅くまで寝られたが、今日が休日であることを考えるとまだまだ寝足りない。
そもそも休日なのに目覚ましを使わなければならないというのにストレスを感じる。
「ふわーあ」
あくびをひとつ。剣さんは今、ストレスなど無縁の心情でお出かけの準備をしていることだろう。人付き合いにおいて、相互間にあるこのようなギャップはなんとも言えない気持ちになる。
いっそ強烈な台風なんかが直撃して中止になってくれたら……。
なんて願ったりもしてみたが、カーテンを開けると私を嘲笑うかのような青い空が目前に広がる。大好きな青色もこのときばかりは少し憎らしくなった。
まあ、仮に悪天候だとしても剣さんなら必ず目的を遂行しにかかるだろう。
それこそ莫大な私財を投じて街全体をドームのような屋根で覆ってしまうとか、世界レベルの技術を集結させて台風そのものを消してしまうとか。
……半分冗談だが、本気でやりかねないと思っているのも半分だ。
結局、晴天の元すんなりと実行できる現状が一番ましなのかもしれない。前向きにそう考えるとしよう。
「おはようございますわ!」
午前八時半、朝の準備を済ませた私の元に颯爽と剣さんがやってきた。
「おはよ、元気だね」
「そりゃもう!」
体育会系特有の大声は、なんともお嬢様っぽくない言動だが、身に付けた白一色のワンピースでは一転して清楚さを感じさせ、腰に巻いた細いベルトは大きな胸をさらに強調させて女性らしさを押し出している。
これらいい意味での男性らしさ、いい意味での女性らしさ。私はどちらも負けている。朝っぱらからメラメラしたものが湧き上がるのを感じた。
しかしながら今日はそういう勝ち負けを競う時間ではない。気を取り直して切り替えて。闘争心には蓋をしよう。
「それではお嬢様、行ってらっしゃいませ」
家の前に乗り付けられた黒塗り高級車。運転席の窓から以前も会った初老の男性が顔を出して会釈する。そして車を走らせて去って行った。
そう、今日の移動に車は使わない。使うのはお嬢様とは無縁の公共交通機関、電車だ。
どういうことかというと、実は剣さんの希望だったりする。
本日のお出かけスケジュールだが、例により人生ゲームの日には把握しきれなかったのでラウィンで確認した。
あくまでも『聞いてなかったわけじゃないよ。再確認のためだよ』というていを装って。そうしないと泣かれるから。
すると十秒も待たずに既読がついて、二十秒もしないうちに返事が返ってきた。
『穴吹さんがよく遊びにいく場所に連れて行ってほしいですわ』
なるほどなるほど、そうきたか。私が考えなきゃいけないから面倒くさい。
そのリクエストを受け、当初はお昼頃に集合してゆったりしたスケジュールを立てようと思っていたのだが、剣さんは朝早くから行動を始めてたくさん遊びたいらしい。
しかも移動手段まで普段の私に合わせたいとのこと。謙虚に見えて地味にわがままだ。
というわけで、日曜朝午前八時半に集合し、黒塗りの高級車を帰した今に至る。
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