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0036 純愛のカタチ―フェイズ紬―(3)

 その手を繋いだまま水遊館に入館し、二人だけの時間を堪能する。


 当然他の生徒たちや他所から来た観光客が視界に入ることもあるのだが、まったく気にならなかった。わたしが声を発するときはみーちゃんに向けてだけだし、みーちゃんが声を発するときはわたしに向けてだけ。


 わたしとみーちゃん、二人だけが大きな泡に包まれて、海中を散歩しているような気分だった。

 

 こうやって手を繋いで二人きりでいると、心地いいし、落ち着かなくもある。相反する気分を両立させた、よくわからない心中だった。


「あっ、ジンベエザメ!」

 

 みーちゃんが声を上げたのは、順路の中盤。

 

 巨大水槽を悠々と泳ぐ、青色水玉模様で平べったいジンベエザメを目の当たりにしたときだ。


 ちなみにここのシンボルらしく、ほかの魚とは似ても似つかない形状に、みーちゃんは目を釘付けにさせていた。興味深々だなあ。

 

 一方のわたしは、気持ち半分でジンベエザメを眺めていると――。

 

 ふと、水槽の端を回遊する小さな魚の群れが気になった。大群を成すその中から、二匹だけが離れて別の場所に行こうとしている。

 

 ジンベエザメではなく、その光景に思わず目を留めて。

 なんだか自分の状況と重なってしまい、突如不安に襲われた。

 

 わたしなんかがみーちゃんと二人きりになっていいのかなあ、と。


「ねえみーちゃん、他の子の誘いを断っちゃって本当によかったの?」

 

 居ても立っても居られなくなり、尋ねた。

 

 みーちゃんからすれば唐突もいいところの問いだろう。まず「え?」と首を傾げてから「うーん、そうだなあ……」と腕を組む。

 

 その拍子に繋いでいた手は離れてしまった。もちろんいい気分はしなかったけど、わたしなんかが後追いするように手を繋ぐのも、傲慢だよね。

 

 そして返事はなかなか貰えなかった。

 

 やっぱりみーちゃんもわたしと二人きりになったことを後悔しているんだ。

 

 そりゃそうだよね、わたしなんかが独り占めしちゃったら、だめだよね。


「今から言うこと、他の人には話さないでね」

 

 ようやく返ってきたかと思えば、予想だにしない前置きから始まった。


「え? う、うん」

 

 とりあえず頷いて、次の言葉を待つ。

 

 他の人には話さないでってことは、わたしだけに伝えたいって捉えていいの?

 

 落ち込んでいた気分がググっと高揚するのを感じる中で、みーちゃんが口を開く。


「実を言うとあんな風にちやほやされるの好きじゃないんだ。正直言ってめんどくさい。私は昔みたいに、つーちゃんと二人きりでいる方が楽しいな」

 

 すっきりした表情で「あー言っちゃったー」と腕を高く上げて背伸びするその子を見た。

 

 わたしも、上がる、上がる、上がる――

 

 高揚どころじゃない。高く昇って大爆発した。

 

 喜びで身体が震える。唾を飲むのも忘れて喉が渇く。こんなこと初めてだ。

 

 思えばみーちゃんがバスケを始めて以降、わたしはずっと劣等感に包まれて孤独だった。

 

 みーちゃんを独り占めしたいという想いに蓋をして、じっと我慢していた。

 

 わたしなんかと二人でいるより、色んな人に囲まれた中心が、みーちゃんにとって相応しい居場所だと思ったから。

 

 でも、さっき、ちやほやされるのは好きじゃないと言ってくれた。


 わたしと二人きりでいる方が楽しいと言ってくれた。


「いいの? 本当にわたしと二人きりでいいの?」

 

 長い燻りが原因で少し疑心暗鬼になっていたのかもしれない。念押ししたのは、もう一度同じ言葉が欲しかったからだ。


「もちろん! だって私、つーちゃんのこと大好きだもん!」

 

 しかしなんと、みーちゃんはさっきを超える言葉をくれた。


 大好きって言ってくれた。

 

 心が満たされる。劣等感という殻は破けて消え、代わりに強烈な甘さがわたしを包んだ。


「わたしも……わたしもみーちゃんのこと大好きだよ!」


 ほんと、大好き。

 

 みーちゃんを想うと、体が熱くなって、胸の鼓動が高鳴るんだ。

 

 みーちゃんが他の人に笑みを向けていると、嫉妬で狂いそうになるんだ。

 

 わたしはみーちゃんといると、平常ではいられなくなるんだ。


 

 ねえみーちゃん……。

 これ、友情じゃないや。

 

 

 物心ついたときからみーちゃんが隣にいて、気づいたときには独り占めしたいと思うようになっていた。


 周りの子たちが次々と初恋を済ませる中で、わたしはそんな感情一切湧かず、いつだって頭はみーちゃん一色だった。

 

 そしてやってきた、誰もが舞い上がる修学旅行という目玉行事。

 

 ここを舞台にして、わたし、羽ノ浦紬は――。


 一般的には異性に向けるべきとされている感情を、同性であるみーちゃんに向けていたことに気づいた。

 

 そうか、わたし、みーちゃんが初恋の相手だったんだ。

 

 独り占めしたいって、そういうことだったんだ。


「おお、あっちの水槽に面白い魚がいるよ!」

 

 興奮のあまりみーちゃんが飛び出した。

 

 わたしとの間に距離が生まれようとする中で、そうはさせないとがっちり手をつかんだ。

 

 思いのほか強かったのか、みーちゃんが怪訝な表情を向ける。

 

 わたしは笑みを浮かべて言った。


「走ったら危ないよ」

 

 二人きりを望んだのはみーちゃんも同じでしょう?

 

 だったらわたしを置いてどこかに行かないで。

 

 ずっと隣同士で、ずっと二人きり。

 

 喜怒哀楽、酸いも甘いも、心も体も、全部あげるから全部ちょうだい。


「こうやってしっかり手を繋いで一緒に行こ? ね、みーちゃん」


 わたしの心を覗いてみて?

 見渡す限りみーちゃん色。

 

 あなたを独り占めしたいという感情で澄みきっているよ。

 

 混ざりものなんかひとつもない、純粋な想いのカタチ。


 ――これぞまさしく純愛、だよね?


ご覧頂きありがとうございます。

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[一言] 幼百合てぇてぇ…
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