0035 純愛のカタチ―フェイズ紬―(2)
きっかけはみーちゃんがバスケを始めたことだった。
元々運動神経のよかったみーちゃんだったが、その中でもバスケは特に水が合っていたらしく、メキメキと頭角を現し、周りが放っておかない存在となった。
地方局だったがテレビの取材を受けるほどで、こうなると今までのようにはいかなくなる。
クラスメイトが勝手に寄ってくるのだ。
クラスの輪がみーちゃんを中心に形成され始め、わたしとみーちゃんが端で二人きりになるような状態は破綻を迎えた。
ショックだった。苛立った。落胆した。
わたしとみーちゃんだけの友情だったのに、他の人が介入しようとする。
そのときみーちゃんはわたしの手を引いて一緒に中心になろうとしてくれたが、わたしは手を振りほどいて、自ら中心から離れた。
心遣いは嬉しかったが、輪の中心の居心地が悪くて仕方なかったのだ。だってみーちゃんがその笑みを他の人に向けるさまを、間近で見ることになる。
理想とする独り占めからどんどん遠くなっていくことが嫌でもわからされたから、とりあえずそれから目を背けたかった。
そして、小学六年生の秋――。
小学校生活も最終盤となった中、いよいよ修学旅行を迎えた。
日程はやはり例年と変わらず、初日に歴史的建造物を巡り二日目に水遊館で遊ぶ一泊二日。
初日は全生徒で列を成して教科書で見た寺を見学する。寺なんか微塵も興味がない上、背の順で決められたその列ではみーちゃんと距離があり、まったく楽しくなかった。
そして二日目の水遊館。
ここでは列など成さず、各々の自由行動となる。
バスを降りると、みーちゃんに他の人たちが群がって輪が形成されようとしていた。わたしはその見慣れた光景を遠くで傍観するだけ。
その輪に加わる気なんて起きない。独り占めから遠のくことを実感したくなかったのもさることながら、自分に自信を失っていたからだ。
わたしは……わたしは、みーちゃんの傍にいる人間として相応しくない。
極度の運動音痴で、勉強も突出してできるわけではない。これといった特技もない。
バスケという特別を持つみーちゃんと比べて、わたしはまごうことなき凡人。
それどころか、嫌な現状を変える努力もせず、実感したくないからという理由で逃げ出してしまう凡人にも満たない人間だ。
三年前、この水遊館を訪れた際は二人きりで回ろうねとみーちゃんと約束した。
そのことを私は今でも鮮明に覚えているが、みーちゃんは忘れてしまっているだろう。
みーちゃんしかないわたしと違って、みーちゃんは様々なものを持っている。
三年前の口約束なんて忘れてしまって当然だ。
苛立ちや落胆を超えて、諦めていた。
暗闇のような現実を改めて実感する。
一人うつむき、涙が零れ落ちそうになった。そのとき――。
「つーちゃん、ぼーっとしてなにやってんの?」
「……え?」
聞き覚えしかない声が前から聞こえ、わたしは顔を上げた。
そこにはまるで暗闇に差す光が如く。
みーちゃんが、わたしだけに笑みを向けてくれていた。
「みーちゃん? どうして?」
形成されかけていた輪はない。
わたしとみーちゃんだけで、他には誰もいない。
「どうしてって、約束したのはつーちゃんからだったじゃん」
「や、約束……」
「ほら、水遊館行ったときは二人きりで回ろうって約束だよ。だから他の子たちの誘いは断ったんだよ。早く行こ?」
まさかまさかの言葉だった。
特別を持っているみーちゃんが、三年前の口約束を覚えてくれていた。しかも他の人たちの誘いを断ってまで、それを実行してくれた。
苛立ちも落胆も諦めも消し飛んだ。
充足感で、なにも言えず立ちすくむしかなかった。
そしてさっきとは違う熱い涙が零れそうになった。
「つーちゃん、またぼーっとしてる。もしかして約束忘れてた?」
「そんなことない! ずっと覚えてたよ!」
突然大声を出したわたしに、みーちゃんは肩を飛び跳ねさせて驚いた。しかしすぐに、にかっーとした満面の笑みを浮かべ。
「だよね、私もずっと覚えてたよ」
そう言って手を差し伸べてくれた。
「行こ、つーちゃん」
「うん、みーちゃん」
その手を取り、夢見た楽しい修学旅行がようやく始まった。
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