0031 幼馴染みと大阪デート(1)
充分に休息が取れないまま日曜は終わり、一週間がまた始まった。
学校に行って授業を受け、部活にいそしみ、調子が上がらず監督に呆れられて、それでも罰走を回避するギリギリのラインでなんとか耐え忍び、あっという間に翌日を迎えて――それを繰り返す。
変化はないけど、平凡と呼ぶにはしんどい毎日だ。
やはり無意識のうちに三人のことを考えてしまい、それがプレーに影響を及ぼす。
復調の兆しが見えないまま土曜日が終わって、また日曜日がやってきた。
三人とのお出かけ、一番最初はつーちゃんだ。
この日、私はスマホから鳴る音で目覚めた。でも目覚ましではなくて、着信音。
誰からだろう? ……って一人しかいないか。
「はい、もしもし」
寝ぼけ眼でスマホを操作し、意識半分で応答する。相手が誰かなんて決まりきっていたからわざわざ画面を見て確認したりはしなかった。
『おはよう、みーちゃん』
ほら案の定つーちゃんだ。
「どうしたの、電話なんかして」
『ねえみーちゃん、わたし今どこにいると思う?』
半分寝ている脳でもわかるくらいには会話がかみ合ってない。
まあ、向こうのペースに合わせるとするか。
「んー、普通に家?」
『ぶっぶー、残念不正解』
つーちゃんの声は上擦っている。朝早くから随分とテンションが高いなあ。
『正解はみーちゃんちの前でした!』
「へえ、そう……え?」
衝撃の正解で背筋に冷たいものが走り、一気に目が覚めた。
ベッドから飛び起きてカーテンを払いのけるように開ける。
下を覗くと……スマホを耳に当て笑顔で手を振るつーちゃんがいた。
『やっほー』
なぜだろう、さっきまでと同じ声のはずなのに狂気を感じる。
「ははは……玄関開けるからちょっと待ってて」
『はーい』
電話を切り、五月も半ばだというのに寒気を覚えながら一階へと降りる。
近所に住む幼馴染が家まで迎えに来ること自体はなんら普通のことだが、目覚めてすぐの電話口で『家の前にいる』と告げられるのは恐怖体験だ。特に最近のつーちゃんは奇行が目立つから恐怖も余計甚だしい。
玄関を開けると、そんな私の心中お構いなしの満面の笑みがあった。
「おはようみーちゃん。会いたかった。この日を待ちどおしにしていたから、昨日は胸がドキドキして夜も眠れなかったよ」
「奇遇だね。私は今、心臓がバクバクしてるよ」
「わー嬉しい。わたしと同じだ」
違う違う、同じではないよ。
「ところでなんでこんなに早く? 約束の時間はもっと遅いはず……」
スマホを取り出し時刻を確認しようとしたところ、丁度目覚ましにかけていたアラームが鳴った。そう、本来私はこれで起きるはずだったのだ。つーちゃんと約束していた時間はこれが鳴った三十分後。
「あー、やっぱり」
「ん? なにがやっぱりなの?」
「みーちゃんって、大概は家を出る三十分前に目覚ましかけるよね」
ヒェッ、と声にならない音が喉から漏れた。
「ど、ど、ど、どうしてそれを……?」
「やだなー、前にみーちゃんが自分から教えてくれたじゃん」
「そうだっけ……全然覚えてないんだけど……」
「四年前の十二月二十七日、あと二年前の八月三日にも教えてくれたよ」
「ちょっと待って、記憶してるの? それとも記録?」
前者も怖いが後者は拍車をかけて怖い。
「ふふふ、内緒」と人差し指を口元に当てるつーちゃんは、身震いする私にたたみかける。
「今日という大切な日の始まりを、こんな機械が鳴らす音じゃなく、わたしの声で迎えてほしかったんだ」
こっっっっわ!
そして実際は声の前に鳴る着信音で目覚めることになったから、微妙に失敗してるのが何とも言えない。指摘すれば今度は私の部屋まで忍び込みかねないので絶対に言わないけど。
「とにかく準備してくるね。パパっと着替えてパパっと朝ごはん食べるから待ってて」
「朝ごはんはいいよ。作って持ってきたから」
つーちゃんは自慢げにそう言って、持っていた小さなトートバックを掲げた。そこに朝ごはんを詰めたお弁当が入っているのだろう。
あとは大人びたショルダーバックに、白のトップスと緑ロングスカートという装い。シンプルながらも品と清潔感を漂わせる、つーちゃんらしいコーデだ。
「そもそもこんな時間じゃあ食欲も湧かないでしょ」
「うん。私もここまで早起きするのは中々経験ないなあ」
「だからさ、朝ごはんは新幹線の中でゆっくり食べよ」
「そだね」
ちなみに現時刻は朝の五時ちょうど。
これから始発の新幹線に乗り、向かうは大阪の巨大水族館、有名観光スポットの一つにも挙げられる『水遊館』だ。
随分と遠方までお出かけすることになるが、その行先をはっきりと認識したのは前の月曜、つまりは御三方が人生ゲームでドンパチやった翌日のことだった。
―――
『ねえみーちゃん、日曜に行く水遊館のことだけど』
『へえ? 水遊館?』
『その態度……まさか話聞いてなかったの?』
『ええと、聞いてなかったというか……』
これでもかというくらい圧を放ちながら剣さんと競うように願望をぶつけてきたから、受け止める余裕などなかったのだ。
今思い返せばたしかにジンベエザメがどうとかこうとか言ってたような気もする。
『ちょっと待って、水遊館ってたしか大阪だよね』
私たちの住む街は神奈川だ。
『うん、そうだよ。だから新幹線に乗って日帰り旅行だね』
『ええ……』
随分遠くにあるレジャースポットを提案してきたものだ。
もっと近場だと勝手に思い込んでいたから適当に『はいはい』と聞き流していたが、安請け合いするんじゃなかった。
『もしかしてお金が足りない? それならわたし、少しは力になるよ』
『いやいやお金は大丈夫。お年玉がまだ余っているくらいだし』
これといって趣味を持たない私がお金を使う場面は限られている。たまに買い食いしたり、漫画を買うくらいだ。貯金は結構ある。
『じゃあ、水遊館が嫌なの……?』
『うーん、いや、あれ? 嫌ではないかな……?』
聞いてすぐは距離の遠さから尻込みしたけど、よくよく考えてみると悪くない。
バスケが絡まない遠出なんて久しぶりだし、つーちゃんだけだから三国志も起こらない。
むしろ少しワクワクしてきたぞ。
『じゃあいこっか、水遊館』
『うん!』
―――
そんな経緯があって今に至る。
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