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0003 ライバルから(2)

 (つるぎ)麗華(れいか)。隣町にある由緒正しきお嬢様学校、白百合女学園(しらゆりじょがくえん)に籍を置く女子生徒だ。

 

 そんな剣さんと私がどういう関係にあるのかというと、バチバチのライバル。

 

 実は白百合女学園はお嬢様学校である一方で、バスケの名門校でもある。


 我が校を差し置いて何回も全国大会出場を果たしており、去年も地区大会準決勝で煮え湯を飲まされた。

 

 そして、その白百合バスケ部のエースがここにいる剣さん。私と同じ二年生で、ポジションも丸かぶり。


 穴吹水琴と剣麗華で神奈川ナンバーワンの評価は二分され、当人同士も互いを意識し合う……かどうかまではわからないけど、少なくとも私はめちゃくちゃ意識している。

 

 こいつにだけは負けたくない、それが剣さんに抱く感情だ。

 

 今だってそう。私より二十センチ以上高い身長、品を感じさせる白色ワンピースの制服、栗色巻き髪のヘアスタイル、大きなおっぱい、バスケに関係ない身体的特徴でさえ癪に障り、見ているだけで闘志がメラメラと湧いてくる。


「なにしにきたの?」

 

 勢いよく立ち上がった私は臨戦態勢だ。詰め寄ってくる剣さんに牙をむく。


 一方で剣さんは腕を組み、余裕を感じさせる表情。


 他校に乗り込んできているというのに随分堂々とした態度だ。


「実は穴吹さんに伝えたいことがありまして」


「私に伝えたいこと?」


「ええ」


 前々から思っていたことだが、剣さんに限って言えば、由緒正しきお嬢様というより高飛車な女王様って感じ。ああ、むかつく。


「校門付近で待たせて頂いていたのですが、お見受けしたことあるバスケ部の方々が次々と出てくる中、穴吹さんだけが出てこられないので。ふと体育館に明かりが付いているのに気付き、もしやと思って来てみたら案の定でしたわ」

 

 なにが『でしたわ』だ。勝手に入ってきたくせに偉そうに。


「お一人で自主練ですか?」


「そうだよ」

 

 嘘。罰走だよ、なんて言えるわけがない。


「さすがわたくしが認めた方。素晴らしい向上心ですわ」


「で、伝えたいことってなに?」

 

 剣さんと話していて楽しいことなどひとつもない。用件があるならさっさと終わらせてほしいから、単刀直入に尋ねた。

 

 すると、剣さんはポケットに手を入れる。


「これを……」

 

 そう言って、両手で差し出してきたのは手紙だ。


 なにこれ? わざわざ読めということか? めんどくさい。

 

 とはいえ中身が気になったのも事実なので、私はひったくるようにそれを受け取り、読むことにした。

 

 ……ん?

 

 封の役目を果たすシール、それがピンクのハート型なのが少し気になった。

 

 まあ、特に意味はないだろう。たまたま目のつく所にあったから使ったとか。

 

 シールを剥がし、開封した。

 

 どれどれ……。



『背景、青葉若葉の爽やかな風が吹きわたるこのごろ、あなたはいかがお過ごしでしょうか』

 

 

 時候の挨拶⁉ こんなのいる⁉

 風も吹かない殺風景な体育館で一人罰走して過ごしてましたよ!

 

 予期せぬ書き出しに虚を突かれた思いになった。気を取り直して文面に向かう。



『あなたと会うときはいつも体育館のフロアの上ですね。汗を流し、時には身体を激しくぶつけ合いながら共に高め合うことができる仲、そう感じています。けれども私は白百合、あなたは海帝山です。違う色のユニホームに袖を通し、雌雄を決するべく競い合う。勝利を共に喜ぶことも、敗北を共に悲しむこともできません。近いようで遠いこの距離感に、いつからでしょう、もどかしさを抱くようになったのは。そう、気がついたときには、あなたへの熱い想いは大きく形を変えてしましました。あなたを想うと、私の胸は高鳴ります。あなたを想うと、他のことが手に着きません。あなたを想うと、恋心を実感することができます。あなたのことを、お慕い申し上げております。――剣麗華』


 

 ふーむ……なるほど……って、全然なるほどじゃ済まない!

 

 なにこの怪文書⁉ まるでラブレターじゃん⁉

 

 顔を上げ、手紙から剣さんに視線を移す。彼女は頬を真っ赤に紅潮させ、両手の人差し指を突かせ合っていた。乙女がやる仕草だ。まさか……本気で私のことを?

 

 いやいや、それはないだろう。

 

 さっき幼馴染みから告白を受けたばかりだ。まだ数時間しか経っていないというのに立て続けに、しかも同じく女の子から告白を受けるなんてどう考えてもおかしい。そんな激動の一日あってたまるか。

 

 となると、これは悪戯。まるで本当に恋しているかのような演技と、ラブレターという手の込んだ小道具まで用意して、私を馬鹿にしているのだ。ああ、本当に腹が立つ。

 

 私は怒りの赴くままに手紙を放り捨てた。ハート型のシールが外れて舞う。


「ふざけないで」

 

 すると――剣さんの顔色が一変した。


 真っ赤だったそれは青白くなり、ショックを受けているように見えた。

 

 まだ演技を続けているのか。バスケをやめて俳優養成学校にでも通ったらどうだ?

 

 しかし、そんな悠長にもしていられなくなる。


 顔を青白くした剣さんの目から、ポツポツと液体が流れ始めたのだ。


「えっ、ちょっ……」

 

 さすがの私も動揺した。そう、なんと剣さんは泣き出した。



ご覧頂きありがとうございます。

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