0025 ライバル襲来
『ママはお昼ご飯食べなくていい!』
なんて言いつつも、ある程度の情け心は持ち合わせていたようで、陽菜は大皿に盛りつけたサンドイッチと三人分の取り皿を食卓に並べた。
「お姉、できたよ。……ママの分もちゃんとあるからさっさと食べて」
「うん、ごめんね陽菜、ありがとう陽菜、ひっく、ひっく……」
母と反抗期の娘の和解シーン。だけど普通は立場逆にならない?
まあ世話を焼いているのは陽菜の方だからこうなるのも仕方ないけど。
気を取り直して食卓に向かう。
正面にまだ少しイライラした様子の陽菜、隣にまだ少し嗚咽を漏らしているお母さん。気にしないようにしてサンドイッチにぱくつく。
うん、当然だけど美味しい。
サンドイッチのような作り手の実力に左右されにくい料理でも、陽菜が作れば格別だ。卵サンドもハムサンドもフルーツサンドも、なんというか食材が生きている。
気づけばお母さんの表情にも笑みが戻っており、「陽菜は家に友達連れてこないの?」なんてのんきに話しかけている。立ち直りが早い。というか、懲りてない。
きっと今日の出来事なんてすぐに忘れてしまうのだろう。そしてまた同じことを繰り返し、一瞬で立ち直る。
わが母ながら、随分と強いメンタルをしている。だがこうでもなきゃ社会人なんてやってられないのかもしれない。身近な大人として、学ぶべき点がある。
お母さんの問いかけに陽菜は無視を貫く。
お母さんはそれでもマイペースに話し続ける。
私は困惑顔。
三者三様だけれども気まずさはまったく感じない。
その理由を考えてみるが、『たぶん家族ってそういうものだから』なんて曖昧な答えしか出てこない。
同時に、少しの嬉しさを覚える。
血は繋がってないけど、この人と親子になれてよかった。
血は繋がってないけど、この子と姉妹になれてよかった。
一生この人と親子でいたい。
一生この子と姉妹でいたい。
偶然を重ねて生まれたこの関係が永久に続きますようにと切に願う。
自分から壊しにいくのなんてもってのほか。
だから私は……陽菜とは付き合えない。ごめんね。
昼食を済ませ、お腹いっぱいになった弊害である眠気に抗う気もなくソファーでウトウトしていると、あっという間にそのときがやってきた。
チャイムが鳴り、お母さんは「来たんじゃない?」と。
ハッと目を覚まし時計を見ると、時刻は十四時ちょうど。几帳面だなあ。
確信があったのでモニターで確認するまでもなく玄関に向かった。
扉を開けると、ほらやっぱり。少し緊張した面持ちの剣さんと目が合った。手にはどこかで見たことがあるロゴの紙袋を下げている。
「こんにちは穴吹さん。今日はお招き頂きましてありがとうございます」
お招きしたつもりはないんだけどなあ。
「まあいいや、入って」
「なにがまあいいのですの?」
「気にしないで。大したことないから」
話を流して剣さんを家に上げる。
「お邪魔しますわ」とカフェオレカラーのロングスカートが揺れ、ピカピカで高そうな靴がうちの玄関に並んだ。ほかの靴達が可哀そう。
「本当にうちでよかったの?」
「はい、穴吹さんのおうちに来てみたかったのです」
「物好きだなあ。まあいいや、こっち来て」
「今度のまあいいは意味がわかりますわ」
「そりゃなにより」
当然ながら私が先導する形で廊下を歩く。
このまま二階にある自室に直接向かおうと思ったのだが……。
「こんにちはー。水琴の母でーす」
なんとお母さんがフランクな感じで飛び出してきた。恥ずかしいからやめてほしい。私が陽菜ならキレてるぞ。
「あっ、初めまして。わたくし剣麗華と申します」
剣さんは背筋を伸ばし品のある礼をした。育ちの良さを感じる。でも自分の娘にガチ泣きさせられるような人にそんなかしこまらなくていいよ。
「あらあらそんな丁寧に。顔を上げて。……それにしても美人ねえ」
「そんな、美人だなんてことありませんわ」
「謙遜しなくていいのよ、実際に美人なんだから。水琴と仲良くしてくれてありがとう。今日はゆっくりしていってね」
「はい、こちらこそありがとうございます。それと、よろしければこれを……」
剣さんは手にしていた紙袋を差し出した。
「つまらないものですが是非召し上がってください。シュークリームですわ」
へえ、それシュークリームだったんだ。
手土産持参なんて、そんなに気を遣ってくれなくてもいいのに。
「そ、それっ……!」
軽い気持ちで眺める私とは対照的に、お母さんは目をかっ開き、声を跳ねさせる。
どうしたどうした? なんでそんなに興奮してるの?
「甘々堂のシュークリームじゃない! 数量限定で、いつも一瞬でなくなっちゃうやつ!」
「ええ、人気商品みたいですわね」
「ありがとう~。一度食べてみたかったのよ~」
「お気に召して頂けたようで光栄ですわ」
「長時間並んだんじゃないの? 悪いわ~」
「いえそんなことはありません。つてがありますの」
「まあ、従業員にお知り合いがいたりするの?」
「そんなところですわ」
知り合いというか資本系列というか……。
きっと甘々堂は剣コンツェルンが傘下に置いている洋菓子店なんだろう。その気になれば毎日食べることだって可能なはずだ。実際にやるかどうかは別にして。
「じゃあ二階にいこっか。お母さん、あとで紅茶でも淹れて持ってきて」
「もちろん! 最高の紅茶を用意するわ!」
うちにそんな大層な紅茶はないだろう。
「あ、そういやティーパック切らしてた。ジュースでいい?」
ほら、言ったそばからティーパック前提だ。しかもそれすら無いと言う。
「それでいいよ」
「オーケー!」
満面の笑みで甘々堂の紙袋を抱きしめるお母さんを横目に、今度こそ自室に向かおうとする。そこで剣さんの声がかかった。
「穴吹さん、その前に妹さんにお会いしたいですわ」
「え、会うの?」
ひええ、波乱が起こるから絶対会わせたくない。
だから直接自室に向かおうとしたのに。
「もしかして今日はいらっしゃいませんか?」
「いや、いらっしゃらないことはないかもしれないけど、なんというか、うーん……」
切り抜ける言い訳を模索していたところでお母さんが割り込んできた。
「なにもったいぶってんの。あの子いまリビングでダラダラしてるんだし会わせてあげたらいいじゃない。ほら、こっち来て」
「ありがとうございます」
「いや、ちょっ、二人共待って」
事情を知らないお母さんは剣さんをリビングに通してしまった。
ああもう、しーらないっと。
「ほら、あの子がそう。陽菜、挨拶しなさい」
陽菜は食卓の椅子に座って本を読んでいた。声をかけられてギロリとした鋭い視線を剣さんに向ける。
一方の剣さんは……。
顔を覗いてみると、口をあんぐりと開けていた。
きっと金と青の奇抜な髪型に驚きを隠せないのだろう。私のラウィンアイコンに写る黒髪の陽菜しか知らないわけだから当然の反応だ。
こうして陽菜と剣さんが初めて相まみえた。剣さんが髪に着目しているせいか、ふたりの視線はどこか合っていない。
「陽菜、挨拶しなさい」
再度促すお母さんだったが、陽菜が素直に従うわけがなく。
「ふん、うるさい」
当然のように反抗した。お母さんに向かってそう吐き捨て、視線を本へと戻す。
「もう……。ごめんね、見ての通りの反抗期でいつも困ってるの」
「あ、いえ、わたくしは全然気にしていませんわ」
とか言いながら気になって仕方なさそうな剣さん。私も呼びかける。
「そういうわけだからもういいでしょ? 二階いこ」
「は、はい……」
もっと陽菜との仲を深めたかったのだろうが、あのような攻撃的な態度と視線を向けられ尻込みしたようだ。
思い描いていた対面を果たせず落胆し、肩を落とす剣さん。だが私としては安堵しかない。だってバチバチの波乱を避けられたのだから。
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