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0024 波乱のオフ、スタート

 翌日の土曜日。

 

 学校は休みだが部活はあり、授業の時間がそっちに回る分、むしろ平日よりもハードな練習が待っている。


 そして私は……その練習をこなせなかった。

 

 理由は明確で、昨日のキスが尾を引いたから。

 

 否応なしに柔らかい唇を思い出し、身体が熱を帯びる。


 身体の内側からじわりと湧き上がってくるような、練習中とは思えない身体の熱さだ。


 いつもは表面から火を吹くような熱さだから、その違いは明白で……。

 

 そんな状況だからミスを連発した。当然監督が見逃してくれるわけがなく。


「ダッシュ四百本な」

 

 ミーティング終わりに険のある笑みで告げられ、私は卒倒しそうになった。

 

 だがそれをやり遂げるとつかの間の休息がやってくる。日曜日は学校も部活も休みだ。

 

 完全オフとあって、1週間のうち唯一自由気ままに過ごせる日となっている。


 それは一日の始まりから物語っており、目覚ましをかけず、自然に目が覚めたときが起床時間。大体十一時前後となる。

 

 だけど今回の日曜はいつもと少し違う一日の始まりが待っていた。



「……え。……ねえ。……お姉」

 

 目の前に陽菜。陽菜に目を覚まされた。


「ん、なに?」


「なにじゃない。もう十二時過ぎてる」


「え? そんなに寝てた?」

 

 充電ケーブルを挿したスマホを手に取り時刻を確認すると、たしかに十二時過ぎている。

 

 この一週間、お三方から受ける怒濤のアピールの連続で息つく暇もなく、疲労が溜まっていたのだろう。

 

 昨日床に入ったのが日が変わる直前だったから、約半日ほど、泥のように眠ってしまったというわけだ。


「さっさと起きて。お昼ご飯もできてるから」


「んー。って、今日のお昼も陽菜が作ってくれたんだ。お母さんに任せればいいのに」


「バカ。バカお姉。誰に食べてほしくて作ってると思ってんの」

 

 頬を朱に染めた陽菜は、聞いてるこっちがむず痒くなるような言葉を吐き捨て、部屋を出て行った。またツンデレだ。

 

 着替え、カーテンを開けた。この窓からは玄関前の往来の様子が見下ろせる。

 

 もうあと少ししたら、ここに高級車が停まる。

 

 今日は剣さんがやってくる。陽菜と剣さんが初めて相まみえるわけだ。そこには必ず波乱が待ち受けていることだろう。


「はあ……」

 

 困惑と心労を重ねる自分の姿が想像に難くなく、大きなため息が出てしまった。日曜であろうとも私に休息はない。


 階段を降りてリビングに向かうと昼食の準備をする陽菜が台所に立っていた。


「おはよう陽菜」


「遅い!」

 

 これまでに何度もお見舞いされた攻撃的な発言には安堵を覚える。


「たははは」と笑って食卓を見ると、くるりとこちらを振り向くお母さんと目があった。


 手に持つスマホにはゲームの画面が映っており、昼食の準備を請け負ってくれた娘に存分に甘えている様子がうかがえた。


「おはようお母さん、優雅だね」


「こんな時間まで寝ている水琴に言われたくないわよ」

 

 ごもっとも。


「でも楽できてるのは事実ね。親孝行な娘がいてお母さんは幸せ者だわ。陽菜ありがとー」

 

 そのお礼の言葉は本心からだろうが、陽菜はお母さんを疎ましそうな表情で一瞥した。


『ママのために作ってるんじゃない』とでも思っているのだろう。


 声に出すと一昨日の朝みたく『あらー』と煽られるから表情で『うるさい』と牽制している。


「ま、ちょっと反抗期なのが玉にきずだけど」

 

 お母さんはそう言って笑い、またゲームに戻ろうとした。

 

 あ、そうだ、今日家に剣さんが来ること、伝えておかなければ。


「お母さん、今日うちに剣さんって子が遊びにくるから」

 

 声を潜めて耳打ち。陽菜に聞こえるとイライラされるだろうから。

 既に報告を済ませているからこそ、改めて伝える必要もないだろうし。


「へえ、友達を家に連れてくるなんて珍しい」

 

 たしかに珍しいかもしれない。


 そもそも部活が忙しくて遊ぶ時間が取れないし、遊ぶとしても外に出る。友達が少ないわけでは断じてない……と信じたい。

 

 てか、剣さんを友達と呼んでいいかは疑問である。ライバルにして、私に恋する人、うん、案の定友達要素が見当たらない。


「何時に来るの?」


「二時」


「ふうん、わかった。了解」

 

 随分あっさりした受け答えを済ませ、お母さんは今度こそゲームに戻る。

 ……かと思った次の瞬間、


「陽菜ー、もうすぐお姉ちゃんの友達が家に来るんだって。陽菜も一緒に遊んでもらえばー?」

 

 えええ⁈ わざわざ聞こえないよう耳打ちしたのになに言っちゃってんの⁈

 

 小さな子じゃないんだから姉の来客にすぐ懐いて一緒に遊ぼうとするわけがないだろう。おまけに剣さんは恋敵のようなポジションだからなおさらだ。


「陽菜ー、聞いてるー? お姉ちゃんの友達がー、家に来るからー、一緒に遊んでもらえばー?」


 やめときゃいいのに返事がないから繰り返し尋ねている。気だるさが混じる伸びた口調も陽菜のイライラを加速させているに違いない。

 

 案の定、噴火した。


「うっさい! お姉の『友達』が家に来ることは知ってる! ママはお昼ご飯食べなくていい!」


「えええ⁈ なんでそうなるの⁈ ママなんかやっちゃった⁈」


「うっさい! もうママの声を聞くのが不快! 一生話しかけないで!」

 

 陽菜ぁ⁈ お母さんに対してさすがに言い過ぎぃ!


「そんな……私はただ陽菜にも楽しんでもらいたいと思っただけで……ふええん……」

 

 うわー泣いちゃったよお母さん。涙は剣さんのお家芸なのに。

 

 大の大人のガチ泣きを間近で見たのは初めてだ。


 正直言うとかなり引くが、だからと言って無視をするのも憚られる。とりあえず陽菜に謝らせなければ。


「陽菜、今のはちょっと言い過ぎだよ」


「ふん、泣けばどうにかなると思ってるのがさらに気に食わない」

 

 辛辣ぅ!

 

 あと泣き虫乙女の剣さんとの相性めちゃくちゃ悪そう……先が思いやられる……。



ご覧頂きありがとうございます。

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