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0023 妹とお風呂

 そういえば陽菜とお風呂に入るのは久しぶりだ。

 

 最後に一緒に入ったのは陽菜が小学生の頃だったか。


 少なくとも、髪を派手に染めだした中学に上がって以降は一緒に入った記憶がない。

 

 たまに『一緒に入る?』なんて私から誘うことはあるが、『ありえないから!』と言って拒否されてしまうのだ。


 もうお姉ちゃんとは一緒に入ってくれないものだと寂しさを抱いていたが、まさか今日、お母さんに促される形で機会を得ようとは。

 

 久しぶりに妹とお風呂に入れるだけあって、『少しシスコン』の私は嬉しく思っている。

 

 しかし一方の陽菜は、拒否せず私に付いてきたまではいいものの、脱衣所の壁に向かって俯きっぱなし。これからお風呂だというのに服を脱ごうともしない。


「ひーなー」


「……なに?」


「そんなに嫌なら別々に入ろうか」

 

 一緒に入りたいが、陽菜の嫌がることを無理に強いるのは好ましくない。

 だからそう持ち掛けたのだが……。


「嫌ではない。あたしもお姉と一緒に入りたい」


「あっ、そうなんだ……」

 

 じゃあさっさと服を脱げばいいのに。反抗期の乙女心は複雑だなあ。


「先に入ってるから。落ち着いたら来なよ」


「……うん」

 

 消え入りそうな返事を聞いて、私は浴室に入る。

 

 いつ頃になったら入ってくるかな? 

 本当に嫌ではないのかな? 

 そもそも嫌じゃないのに中々入ろうとしない理由とは? 


 うーむ、やっぱり反抗期の乙女心は複雑だ。

 

 陽菜のことで頭がいっぱいになりながら、私はシャワーノズルを手に取った。

 

 髪を洗って――。まだ陽菜は入ってこない。

 

 体を洗って――。まだ陽菜は入ってこない。

 

 ついに湯船に浸かる。ふう、と大きく息をはく。

 

 結局、陽菜はまだ入ってこない。どうなってるんだまったく。


 繰り返し実感するが、反抗期の乙女心はとにかく複雑。


 私はそこまで反抗した時期がなかったから理解不能だ。


 誰か陽菜の心中を教えてくれ。誰か――。

 

 ………………いや。

 

 嘘をついた。他でもない、今向き合っている自分自身に嘘をついた。

 

 誰か、じゃなくて本当は私が知っている。

 

 複雑だなあとか言いながら、実はなんとなく理解できてしまう。


 ――陽菜にとって、私は好きな人。


 好きな人の裸を見る、好きな人に裸を見られる。うん、たしかに恥ずかしい。

 

 茹蛸のように真っ赤な顔にもなりながら、一緒に入りたいけど、その一歩が中々踏み出せない。そんな感じ。

 

 しかしまあ、陽菜は私とのお風呂でそういう感情を抱いてしまうのか。


 想像すると、かなりむずがゆくなる。

 私は全然意識しないから、そのギャップで余計に。

 

 体を滑らせ湯船に深く浸かる。鼻がお湯に浸かるくらい。

 

 息を吐くと、泡が水面に浮かび上がって弾けて消える。

 

 掴みどころのない泡は、今の私の心を表しているかのようだ。

 すぐに弾けて消える、掴みどころのない私の心。

 それとも誰かが強引にでも掴んでくれるだろうか? つーちゃんか、剣さんか、あるいは陽菜か。

 

 ふと目を向けると、風呂場特有の曇りガラスのドアの向こうで、なにかがモゾモゾと動いている。おお、ようやく。

 

 やがてドアがゆっくり開き、そろりと陽菜がやってきた。

 

 手で色々隠してはいたが、久しぶりに見る妹の裸。

 

 ………………って、あれ?

 

 胸が不自然な音を鳴らしている。おかしい。おかしいぞ。

 

 意識なんか全然してなかったのに、なんだか私までドキドキしてしまう。

 

 きっと陽菜がそういう態度を取るから、私にもうつってしまったのだ。

 

 自身の奥から湧き上がった感情では断じてない。

 

 この場限りのドキドキ。……そう信じたい。


「じろじろ見ないで!」


「はいはい!」

 

 声を荒げた陽菜。私は咄嗟に目を逸らす。

 

 不自然な胸の音はまだ鳴っている。陽菜が出したであろうシャワーの音をバックミュージックに、その鼓動と向き合う。

 

 掴みどころのなかった泡とは性質が違う。弾けてはすぐ消える鼓動、のように思っていたが、想像とは裏腹に一つ一つが心に深く刻みこまれる。忘れたくても、たぶん忘れられない。


 お互いに無言のままどのくらい時が経過しただろうか。


「ねえお姉」


 陽菜が沈黙を打ち破いた。


「な、なーにー?」


 呂律が上手く回らない。のぼせたのか?


「久しぶりに一緒にお風呂に入ったね」


「そ、そうだね」


「どう思う?」


「わ、私はなにも思わないよ」

 

 嘘だ。だが今の感情を言葉にするのは非常に難しいので許してほしい。


「そうなんだ。あたしはね、すごく、ドキドキする」


「へ、へえ、どうしてなの?」


「わからない?」


「そ、そりゃわからないよ」


「じゃあお姉、こっち向いて」


「う、うん」

 

 言われた通りに洗い場の方を向くと、陽菜も前のめりでこちらを見ていた。

 

 すごく距離が近い。互いの顔が今にもくっつきそうだ。

 

 胸の鼓動は加速する。威力を増して、弾けたものが飛び出しそう。


「こうやってずっと、あたしだけを見てほしい」

 

 そう言って陽菜は――。

 私の額にキスをした。


「あたし、お姉が好き。お姉の彼女になりたい。そんな人と裸同士なんて、嫌でも意識しちゃうじゃん」

 

 返事なんて、できやしなかった。

 

 視界が揺らぐ。おでこに触れる。

 陽菜のやわらかい唇が、さっきそこに吸い付いた。


「今日は湯船につからなくていいや。出るね」

 

 その言葉もどこか遠くで放たれたように聞こえる。

 

 微笑んで風呂場を後にする陽菜の後姿を、しっかりと見届けられない。

 

 え? なに? なにが起こった? これは夢? そうかあ、夢かあ。

 

 一度はそう決め込んだが、やがて視界は鮮明になり、胸の鼓動は少し落ち着きを取り戻す。

 

 そして、まるで夢でなかったことを証明するかのように、唇の感触がおでこにしっかりと残った。


「はあ……」

 

 なるほどなるほど。うん、なるほどとしか言いようがない。

 

 お風呂に入って疲労困憊って、私はどこなら休めるんだろう?


ご覧頂きありがとうございます。

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