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0022 ツンデレミッドナイト(3)

『あーん』と言葉と共に、陽菜が自身の箸で取った油淋鶏を差し出してきた。


「は、ははは、さすがに自分で食べられるよ。子供じゃあるまいし……」


「子供のあーんじゃない。大人のあーんだもん」


「大人のあーんってなに⁈」

 

 とは言いつつ、意図することはなんとなくわかるけど。

 要は好きな人への愛情表現ってことなんだろう。


「いいから早く。あーん」

 

 躊躇はもちろんあった。だがこれくらいならしてあげてもいいかなとも思った。

 

 愛情表現に応じるというよりは、姉として妹の望むことをしてあげたい。

 そういう心の持ちようで――。

 

 私は陽菜が伸ばしてきた油淋鶏にぱくついた。


「どう? 美味しい?」


「もちろん美味しいよ」


「自分で食べたときより美味しい?」


「それは……わっかんないかなあ、ははは」

 

 実際、本当にわからなかった。


 実は『もちろん美味しい』っていうのは少し嘘で、自分で食べたときと比べてなぜだか味が不鮮明になったのだ。


 返答しずらくて笑ってごまかすと、陽菜は頬を膨らませた。


「じゃあ次はお姉があたしにあーんして」


「私がするの⁉」


「うん、あーん」

 

 陽菜は目を閉じて大口を開けた。

 問答無用とばかりに、その姿勢から動かない。

 

 はあ……まあ、これにも応えてあげていいか。

 

 妹のわがままに付き合うのは姉としての務めだ。


「あーん」

 

 適当にエビチリを取ってそう言うと、陽菜は口を開けたまま目尻を下げた。

 

 嬉しそうなその顔に箸を近づけ、口にエビチリを放り込む。


「えへへへ、美味しい。いつもよりずっと美味しい」


「そうなんだ」


「うん、だからまたあたしがお姉にしてあげるね」


「まだするの⁉」


「当然。はい、あーん」


 今度は餃子だ。いやいやおかずの内容なんてどうでもよくて。

 

 もしかしてこれ、卓上の料理がなくなるまで無限ループなんじゃない? 

 

 そんなことを危惧していたときだった。

 ガチャリと、玄関扉の開く音がした。間髪入れずに声が届く。


「ただいまあ~」

 

 あっ、お母さんが帰ってきた。

 

 すると同時に、陽菜は伸ばしていた箸をさっと戻す。

 

 うん、人に見られている中ではさすがにできないよね。


「ちっ、もっと遅くまで残業してればいいのに。会社に泊まり込むくらい」

 

 陽菜ぁ⁈ お母さん過労死しちゃうよ⁈


 実の娘に辛辣すぎる言葉を吐かれているとはつゆ知らず、「あ~今日も疲れた~」と言いながらリビングにやってきたお母さん。私達の様子を見て、きょとんと首をかしげる。


「あれ? あんた達まだご飯食べてなかったの?」


「私の帰りが遅くてね。陽菜は待っていてくれたんだ」

 

 そう告げると、お母さんはなぜかニヤニヤした気持ち悪い笑みを浮かべる。


「はっは~ん。デートだ。デートで帰りが遅くなるなんてさすが花の女子高生。遅くなる理由が残業しかない中年からしたら羨ましいったらありゃしない。こんちきしょーめ!」

 

 もはやその台詞がいかにも中年らしい。

 残業したあと一杯やって帰ってきたのか?

 

 私が遅くなった理由は、剣さんとドライブしていたから。

 果たしてあれはデートなのだろうか? 


 デートと呼んだら剣さんは乙女らしく照れながら大喜びしそうだけど。

 

 なんて少し想像していると、露骨にイライラした表情を浮かべる陽菜が目に入り、途端に現実に引き戻される。


 あっ、反抗の時間が始まるぞ。


「ママうっさい! 黙ってて!」

 

 元々反抗期である上に、私がデートで遅くなったなんて話題を上げられるのが癇に障って仕方ないのだろう。語気はいつも以上に攻撃的だ。


「な、なんで陽菜がそんなに怒るの……」

 

 状況がよく掴めないせいかさすがのお母さんもタジタジ。

 話題を逸らさんとばかりに卓上に目を向ける。


「そ、それにしても今日の夕食はやけに豪華ね~。全部陽菜が作ったの?」


「ふん、当然」


「さっすが~。どれもこれも美味しそう~」

 

 褒めちぎっているが、事実なのでわざとらしさは感じられない。

 

 どれもこれもが高級中華飯店で富裕層向けに出されるような出来栄えだ。


「お母さんも早くご飯食べようっと。お腹ペコペコ~」と歩き出す。手を洗いに洗面所にでも行くのだろう。


 しかしその姿は視界から消えようとしたところで唐突に立ち止まり、


「あっ、そうそう」

 

 振り向きざまに私と陽菜に告げる。


「もう遅い時間なんだし、ご飯食べたらさっさとお風呂入っちゃいなさいね。お母さんも早く済ませたいから、二人一緒に入っちゃって」


「は~い」

 

 なんてことない要望に気の抜けるような返事で答える。

 

 そういや陽菜の返事が聞こえなかったなと、一瞥して様子を確認する。

 

 反抗期だからお母さんの言うことを素直に聞けないのかな? 

 

 きっとまたイライラした表情を浮かべて……え?


「お姉と、お風呂……。一緒に、お風呂……」

 

 一瞥のつもりだったのに私の視線は留まってしまう。だって予想外も予想外。

 

 陽菜は目を回して顔を真っ赤にし、大粒の汗を流していた。

 

 なにその反応⁈


ご覧頂きありがとうございます。

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