0021 ツンデレミッドナイト(2)
「えっ……あっ!」
しまった! かなり余計なこと言っちゃった! 考え無しにも程がある!
陽菜は当然ご立腹。
せっかく遅い帰宅を許してもらえたのに、みるみるうちに表情が戻り、私を睨み付ける。
「あの女も食べたの?」
あの女って……。言葉遣いが恐ろしい。昼ドラを見ている気分だ。
私はゴクリと唾を飲んだ。浮気がバレた後ろめたさって、たぶんこんな感じなのだろう。
いやいや私がしたことは浮気なんて不誠実なものとは程遠いけど。
しかしこれは、間違えた返答をすると噴火を起こすぞ。
細心の注意を払わなければいけない。
「ひ、一口だけね。味見がしたいっていうから」
「一口でもダメ! あたしはお姉に全部食べてもらいたかった!」
「ご、ごめん! もうしないから!」
陽菜は烈火のごとく怒鳴った。今思えば、たぶんどんな返答をしていてもこの展開になっていたことだろう。細心の注意なんてある意味必要なかったんだ。
「まったくもうお姉は」「女心が全然わかってない」「本当に信じらんない」なんてブツクサ浴びせられる文句に胸を痛めながらも、食卓には大皿に盛られた料理がどんどんと並んでゆく。
麻婆豆腐、回鍋肉、エビチリ、酢豚、餃子。
どうやら今日は中華で統一したメニューのようだ。
というか……品数多くない?
「朝に引き続きやけに豪華だね。ははは……」
言うと、陽菜は頬を朱に染めそっぽを向いた。
「だって……だってお姉に色々作ってあげたかったんだもん」
可愛いいい!
お構いなしに怒りの言葉を投げつけてきた攻撃的な態度から一変。
これが俗に言うツンデレってやつなのか。
可愛い、本当に可愛すぎるんだけれども――。
実はあんまりお腹空いてないって言いずらいいい!
お昼のお弁当二個がまだ胃袋に健在だ。お腹が空いているわけがなく。
私のために豪華料理を作ってくれたのは嬉しいけど受け付けない。
さてどうしようか?
活路を見いだそうと頭を捻ってみたのはいいものの、『根性で乗り切る』以外の選択肢が出てこない。正直にお腹いっぱいで食べられないことを告げる? そんなことをしてみろ、怒りじゃ済まなくなるぞ。
「できたよ、お姉」
結局、有効的な案はなにも思い浮かばないまま食事の準備が完了。
陽菜に呼ばれ、私は否応なしに席に着く。
うへえ、油淋鶏と中華スープまである。
どれだけ手間暇かけて作ったんだ?
「召し上がれ」
「い、いただきます」
箸を手に取り、ふと目に入ったのは茶碗の中のご飯。
あれえ? やけに少ない。
豪華絢爛で山盛りのおかずとは対照的だ。どうしてだろう?
「あっ、そうそう」
「ん?」
「食べたい量だけ食べて。お姉が小食なの知ってるし。おかずを沢山作った分、ご飯は少ししか盛ってないよ」
「陽菜~」
優しい言葉が身に沁みる。なんていい子なんだ。
「ただし、少しずつでいいから全種類制覇してほしいな」
「うん、わかった」
快諾し、まずは卵が浮かんだ中華スープを一口。
んっ、美味しい。
鶏ガラが効いたこのスープは、ほかの料理達を引き立てるためか意外と薄味で、二口、三口と口へ運ぶごとに不思議と食欲が湧いてくる。
すると、さっきまで気乗りしなかった脂っこい料理達にも自然と箸が伸びる。
麻婆豆腐を食べて、回鍋肉を食べて、エビチリ、酢豚、餃子、油淋鶏を食べて、そしてまた麻婆豆腐に戻って……。
自分でも予想外の動きをしている。箸が止まらない。
「あの、お姉? 無理しなくていいんだよ?」
「全然無理なんかしてないよ。食べる前は完食きつそうだなと思ったけど、なんかね、食べれば食べるほど食欲が湧いてくるんだ。陽菜の料理が美味しすぎるからかなあ?」
いつもながら、どれもこれもが美味しい。
陽菜って、本当に料理上手だ。
それに、『食べたい量だけでいい』という陽菜がくれた余裕も大きな要因だと思う。
妙な圧力なんか無いことが、とても安心できる。
「そ、そう? 嬉しいな、お姉に美味しいって言ってもらえるのが、一番嬉しい」
おお、めったに見れない新鮮な表情、照れ顔の陽菜だ。
すっごく可愛い。めちゃくちゃ癒される。
「お姉」
「んー?」
「はい」
なにをするのかと思いきや、自身の箸で取った油淋鶏をこちらに伸ばしてきた。
「あーん」
あーん⁈
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