0020 ツンデレミッドナイト(1)
……さて。
これから私は家に入らなければならない。
怒られるとわかっていても、逃げるなんて選択肢はどこにもないのだ。覚悟を決めなければならない。
待ち受ける恐怖に身震いしてしまう。
はあ、ただの帰宅にどうしてここまでの心労を感じなければならないのだろう。
玄関扉がいつもより重く感じる。
私の気の重さがうつってしまったのか?
ええいもう、どうにでもなれ!
「ただぃまぁ」
やけくその決心は形にならず、いざ家に入ると日和ってしまった。蚊の鳴くような声で帰宅。
視界に入る風景に陽菜はいない。
こんな遅い時間まで玄関で待ち構えるような展開はさすがになかったようで、私は少し安堵した。
よかったあ。
ほっと一息つく。
しかしふと目線を下げた瞬間、私は驚愕した。
わあ! いた! いないと思ったのにやっぱりいた!
陽菜は廊下の壁を背もたれにし、卓上時計を抱えて眠っていた。
待ちくたびれて玄関で眠ってしまったのか。
長時間待ってくれていたことは抱えた卓上時計が物語っている。
まだかなと時計をチラチラ眺めながら待ち続ける陽菜、想像は容易だ。罪悪感を覚える。
なんか、申し訳ないなあ。ごめん、本当にごめん。
「陽菜、ただいま」
肩をトントンと叩くと、目を覚ました陽菜は寝ぼけ眼で私を一瞥。
続けて時計に視線をやったかと思えば、うって変わって目をカッと見開いた。
「おっっっそい!!!」
耳がキーンとなった。
おお、寝起きなのによくそんな大声が出せるね。
「こんな時間までどこほっつき歩いてたの! しかも一切連絡入れずに!」
「ごめんごめん! 今日もちょっと色々あってさ。おまけにスマホのバッテリーが切れちゃって連絡できなかったんだ」
手を合わせて謝罪する。
しかし陽菜はさらに語気を強めて私に迫る。
「ちょっと色々ってなに! もしかしてお姉に告白した羽ノ浦紬じゃない方のもう一人と会ってきたとか言うんじゃないの!」
げっ、なんでこんなに勘が鋭いんだ⁈
これ以上迫られたら大変なことになるから……ここは嘘で乗り切るしかない!
「そんなことないよー。部活の友達とつい遅くまで遊んじゃっただけー。ね、信じて陽菜ー」
「嘘つき」
「え?」
「お姉嘘ついてる。目がそうじゃないと言ってる」
ジトーっと、疑惑と軽蔑の眼差しで訝しがられる。
逃げ場なんかどこにもない。私はその圧に耐えきれなくなった。
「は、はい。ご明察です……」
「もう! 信じらんない!」
「ちなみに陽菜……」
「なに!」
「その人が次の日曜にうちに来るって言ったら、怒る?」
言うまでもなくその後は悲惨だった。
声にならない怒鳴り声を浴びせられ。地団駄を踏まれ。
最低だの、最悪だの、なんで断らなかったのバカお姉だの、罵詈雑言の嵐。
「どんな女なのそいつ! あと今日はそいつとなにやったの! ちょっと色々じゃなくて、詳細に答えて!」
加えてそんなことを問われ、今度はばつの悪さから嘘偽りなく答えることにした。
さっき一瞬でバレたから嘘を貫き通せる自信もなかったし。
練習が終わったら校門前で待ち構えていたことから、家の前で手を振って別れるまで。
陽菜の注文通り詳細に。それこそアイスティーの味まで懇切丁寧に説明した。
「なにその金持ち女、癇に障る」
すべて聞き終えた陽菜は、反吐が出ると言わんばかりに吐き捨てた。
「でも剣さんは陽菜に会ってみたいって言ってたよ」
「あたしは会いたくない!」
うん、そう言うと思ってたよ。
だから私も最初は断ろうとしたんだけどね。剣さん、すぐ泣いちゃうから。
剣さんと陽菜の板挟みのような状況にタジタジして言葉が出せずにいる私。
それをジーっと眺めた陽菜はやがて「はあ」と怒り混じりの大きなため息をついて。
「で、告白の返事はしなかったんだ?」
「うん、そこまで頭が回らなかったから保留にしてもらった。私、恋愛慣れしてないから、なにをどう考えていいか全然わからなくて」
「たははは」と頭を掻くと、陽菜はまた大きなため息をついて「まあいいや」と。
おっ、なんとか許してくれた?
「早くご飯食べよ。あたしお腹ペコペコ」
「うん」
踵を返しリビングへと向かう陽菜の後を追った。
今日も一緒に食べようと待っていてくれたんだ。嬉しいな。
陽菜は「温めなおすからちょっと待ってて」と台所に立った。続けざまに言う。
「ところでお弁当おいしかった?」
「とっても美味しかった。つーちゃんも美味しいって褒めてたよ」
「は?」
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