0019 ドライブデート(4)
「あの、穴吹さん」
剣さんはスマホを取り出し、そしてなぜかにモジモジしている。
さてさて、どんな話を切り出されるのやら。
「不躾で恐縮ですが、連絡先を交換して頂ければ嬉しいです」
なにかと思えばそんなことか。
「いいよそれくらい」
「ありがとうございます! じゃあラウィンを」
ラウィンは世間に広く普及しているメッセージアプリだ。
「剣さんもラウィンとかやるんだね」
「当然ですわ。家族でグループラウィンも作っています」
へえ、そこは庶民的だ。
というか大金持ち家族に愛用されるラウィンの利便性、改めて考えると偉大すぎる。
私もポケットからスマホを取り出し、スリープモードを解除した。
おや?
そのとき、バッテリーマークが赤く光っているのが目に入った。
昨日の夜、充電するのを忘れてしまったからバッテリー切れ寸前だ。
まあラウィンの交換くらいは間に合うだろう。さっさと済ませよう。
「QRコード出して」
「わかりましたわ。はいどうぞ」
QRコードを読み取ると、透き通った海のアイコンが表示された。『剣麗華』と本名が記されたアカウントを登録し、『よろしくね』とメッセージを送る。
剣さんはそのメッセージが届いたであろう自身の画面をまじまじと眺め始めた。
「これは穴吹さんと……一緒に写っているのはどなたですの?」
「妹だよ。陽菜っていうんだ」
どうやらアイコンが気になったようだ。五年くらい前に撮った私と陽菜のツーショット写真。
あの頃の陽菜は小学生でまだ反抗期じゃなかったから、素直で、髪色は地毛のままで、いつも『お姉大好き!』って私のそばを離れなくて……。
まあ、今現在もかなり予想外な形で好かれていることが発覚しましたが。
「可愛いですわね。一度お会いしてみたいですわ」
うーんできれば避けてほしい。
つーちゃんのときみたく戦争が勃発しそうだから。
「き、機会があればね。ははは……」
その機会が永久にくることがないよう祈るのみだ。
「ところで結構遅い時間ですけれども、おうちの方に連絡とかされました?」
「あっ、忘れてた!」
これはまずい。昨日も連絡を入れ忘れてかなり怒られたのに、二日続けてなんて目も当てられないことになるぞ。
しかたない、手遅れ感は否めないがせめて今からでも連絡を……。
「あっ」
連絡を入れようとしたその瞬間、画面が真っ暗に暗転した。
そう、ついにバッテリーが切れてしまったのだ。あと三十秒でも持ってくれたら連絡できたのに!
「あの、剣さん、もうそろそろ……」
「クスッ、いいですわよ。今日はもう帰りましょう。ご自宅までお送りいたしますわ」
「ありがとう。助かる」
剣さんは電話で運転手の男性を呼び寄せる。
帰ってきた男性に住所を教えるとカーナビにセットしてくれ、車は再び動き出す。
時刻は十時前。やばい、遅くなりすぎた。
そういうわけで帰りの車内は景色を楽しむ余裕などなかった。
容赦なく数字を刻んでゆく分表示が陽菜の怒りのボルテージに思えて気が気じゃない。
やがて十時になって分表示がリセットされたが、その瞬間はもう、怒りが溢れて噴火した陽菜の姿が思い浮かんで身震いした。
こうして自宅の前に車が止まったのは十時をとっくに回った頃。
さっきまでは早く帰らなくてはと気持ちが急いでいたが、いざ到着したら怒られるのが嫌で家に入りたくなくなる。なんだろう、この気持ちの矛盾。
「穴吹さん、今日はありがとうございました。あんな風に楽しくお話できる日が来るなんて、わたくし夢見心地ですわ」
「ははは、そりゃよかった。こっちこそいい景色とアイスティーをありがとう」
別れの挨拶を交わして車を出る。
すぐに発車するかなと思いきや、剣さんが窓を開けて首を伸ばしてきた。
「ところで練習がオフの日はありますの?」
唐突だ。なんで別れ間際にこんなことを?
「ああ、うちは毎週日曜は必ずオフだよ」
「まあ、白百合と同じですわ」
今時休み無しで練習してる学校なんてまず聞かない。
身体能力の向上には適度な休息も必要という知識が浸透しているから、強豪校こそきちんとオフを設けているものだ。
「ちなみに明後日、次の日曜のご予定は?」
「んー、なにもないよ。しいて挙げれば家でゴロゴロして過ごす予定があるかな」
半笑いで告げると、剣さんは満面の笑み。
「では次の日曜、おうちにお邪魔してもよろしいですか?」
「えっ⁈ 家⁈」
「はい、十四時に伺いますわ」
「いやいや、まあ大丈夫といや大丈夫だけど、いきなり家なんて。会うとしても別の場所がいいかな。剣さんならもっといい場所いっぱい知ってるんじゃない? わざわざ私の家で会わなくても。…………あーうん、いいよ、うち来て」
剣さんの表情が曇りかけたのを見て、仕方なくOKした。
もう、ずるいよその手法。
「当日のことを思うと今から胸が躍りますわ」
「テーマパークじゃないんだよ。そんなに楽しみにされても」
「穴吹さんのおうちにお邪魔できるなんて、こんなにワクワクドキドキできることはありませんわ。テーマパークなんて足下にも及びません。浦安にあるネズミの国が霞んでいますわ」
「ミ●キーにぶん殴られても知らないよ」
私は嘆息し、剣さんはクスっと笑った。
「じゃあまた明後日ね」
「はい、ごきげんよう」
手を振られたので振り返す。
発車した車が見えなくなるまで、剣さんはずっと手を振っていた。
高級車でドライブ、埠頭の絶景、美味しいアイスティー。急に舞い込んできた出来事で慌ただしさはあったが貴重な経験をさせて貰ったな。案外悪くない時間だった。
ご覧頂きありがとうございます。
よろしければブックマーク、評価、コメント残して頂けると幸いです。




