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0018 ドライブデート(3)

「そうだ、アイスティーはいかがですか?」


 剣さんはさっそく行動開始。座席横のドリンクホルダーに入った水筒を手に取った。


「いただきます」


 断る理由などないささやかな提案だ。


 そのまま水筒の蓋をコップにするのかと思いきや、腰を上げて運転席と助手席の仕切り部分にある収納ボックスを開け、グラスを取り出した。


 そんなものまで備わっているのかあ。

 お金持ちの車ってすごい。

 

 手渡されたアイスティーを一口飲んだ。


「おいしい。ありがとね」


「よかったですわ」

 

 剣さんはご満悦。

 

 お世辞を言ったのではなく本当に美味しかった。

 

 ティーパックしか飲んだことがない紅茶ド素人の私だけど、並の品ではないことがわかる。

 

 強く爽やかな香りが口いっぱいに広がり、エッジの効いた渋みは逆に口に残らない。

 

 今までに飲んだ紅茶はなんだったのだと言いたくなるほどで、明らかに高級品だ。実際いくらするんだろうか?

 

 ……聞こうとしたけど、やめた。

 

 そんなの野暮だし、聞いてしまったらそれこそ受け止めきれなくなりそうな額が返ってきそうだから。


「お茶請けにお菓子でもあればよかったのですが」


「いやいや大丈夫」

 

 遠慮したのではなく、胃に入りそうにないのだ。


「色々あってお昼にお弁当二個も食べちゃってさあ。全然お腹空いてないんだよ」


 たはははと笑ったが、向こうはなぜかきょとんとした表情。


「あれ? 私なんかおかしなこと言った?」


「いえ……。もしかして穴吹さん、一日三食だったりします?」


「だったりしますって、それが普通じゃん」


「ああ、やはりそうでしたか」

 

 会話の流れが掴みきれず今度は私がきょとんとしていると、剣さんが続けた。


「わたくしは一日五食ですわ」


「五食⁉」


「はい。朝昼晩に加え、練習の前後に」


 なんと、早くもプロアスリートのような食事量。だからさっきの反応が返ってきたのか。


 剣さんはお昼のお弁当が二個になったところで夜まで尾を引いたりしないのだろう。


「練習がハードですから、そうしないと消費カロリーに摂取カロリーが追いつかなくなって痩せてしまうのですわ」


「うちだってハードだよ。体格の違いでしょ」

 

 小柄な私と違って剣さんは大柄。

 太っているわけではなく、全ての部位においてスケールが違うのだ。

 

 例えるなら外国人選手のような体つきで、この体格を維持するには相当食べなきゃいけない。

 

 改めて確認しようとジロジロ眺めてみた。

 私より太い腕、私より太い太もも、私より大きなお尻。私より大きなおっぱい。

 

 そして――


 私より二十センチ以上高い身長。

 

 私より、二十センチ以上、高い身長。

 

 私より! 二十センチ以上! 高い身長!

 

 改めて意識した途端、ゆらりと、忘れかけていた炎が燃え上がった。これは闘争心だ。


「圧倒的な食事量がいい体の秘訣ってことか」

 

 全身を眺めたまま言った。無意識だが、真剣な目をしていることだろう。

 少しでもライバルのことを研究したい、そんな思いからの発言と視線だ。


「……え⁉」

 

 しかし剣さんからは予想だにしない反応が返ってくる。

 

 目の焦点が定まらず、あっちいったりこっちいったりの大慌て。

 空いた左手で自身の身体にベタベタ触れて、右手の紅茶はこぼれそう。

 

 顔は茹蛸のように火照っていた。アイスティーを飲んだにもかかわらず。


 いったいどうしたのだろう?


「わ、わたくしは、まだそういうのは早いと思いますが、でも穴吹さんがしたいと言うならやぶさかではありませんし、いずれは共に歩みたいと望んでいた道でしたから、それがちょっと早まっただけだと思ってしまえばなんとも、いやむしろ嬉しいというか、とっても恥ずかしいですけど、穴吹さんがそういう風にわたくしを見てくれているなんて、胸がいっぱいになって。ち、ちなみに穴吹さんは胸がお好きなんですか? 心の準備なんてなにひとつできていませんが、少し触るくらいなら……全然! 全然かまいませんわ!」


「めっっっちゃ勘違いしてるね」

 

 闘争心は萎えてしまい、私は苦笑い。

 どんなこと考えてたの、剣さん。


「いい体ってそういう意味じゃないから」


「えっ、あっ、もしかして、スポーツ選手としてのいい体ですか?」


「当然でしょ」

 

 あっけらかんと告げると、剣さんは窓の方に顔を背けた。

 今は合せる顔がないということだろう。耳の裏側まで真っ赤になってる。


「おーい剣さーん」


「ごめんなさい! わたくしったらとんだ早とちりですわ!」

 

 早とちり、かあ。

 

 じゃあやっぱり、そういうことをしたいと思ってて、私にもいずれ同じことを思ってほしいってことなんだ。

 

 つーちゃんもそうだったけど、性に積極的だなあ。

 ははは。


「気にしてないから大丈夫。てかそんなに私のこと好きなんだ」


「それはもう……」

 

 剣さんは火照った顔を冷ますように軽く手で扇いだかと思えば、前を向いて座席に姿勢良くかけ直した。そして胸に手を当て告げる。


「好きですわ。大好きです。穴吹さんのことを想うと、胸がドキドキします」

 

 真っすぐな言葉だった。私に対する想いの強さを、改めて感じさせられる。

 

 剣さんは今、自身の高鳴る鼓動を感じているはずだ。

 

 どれくらい大きな鼓動かなんて想像もつかないけど、きっと私の経験にはない音を鳴らしているだろう。


「ふうん、私は剣さんのことを思うと胸がゾクゾクするけどね」

 

 ライバルだから。闘争心が湧き上がる相手だから。


「意識して下さって光栄ですわ」


「そりゃどうも」

 

 意識、ねえ。たしかに言葉の通りだ。

 

 私は剣さんに無関心というわけではない。


 倒すべき相手として今までずっと意識してきた。


 そういう意味では、私が持つ剣さんへの思いも、同じくらい強い。

 

 もっとも……ベクトルは大きく違うが。


ご覧頂きありがとうございます。

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