0017 ドライブデート(2)
連れてこられたのはまさかの埠頭。剣さんはなんらかの目的があってここに来たはずだ。そしてその目的を、さっき尋ねたときは濁していた。
もしや、私に恋してるなんて真っ赤な嘘で、これから外国に売られたりしないよね?
若干の不安が頭をよぎり始めた中、車はだだっ広い駐車場に停車した。
ほかに停車中の車はトラックが数台、ぽつんぽつんと散り散りにあるのみ。しかも人が乗っている気配はない。
ひいいい、この人気のなさが怖い!
そのとき妙な音がしたかと思えば、私と剣さんが座る後部座席両側の窓が数センチ開いた。
入ってくる冷たい潮風が、また恐怖を煽る。
車のエンジンが止まり、運転手の男性がこちらを振り向いた。
なんだ⁉ なにをするつもりだ⁉
「では少々散歩して参ります」
「はい、また電話で連絡しますわ」
……え?
男性は剣さんとよくわからないやり取りをし、言葉の通り外に出た。
背筋を真っ直ぐに伸ばし、キビキビと。これまた品の良さを感じさせる足取りでどんどんここから遠ざかっていき、やがてその姿は見えなくなった。
私は自身の置かれた状況がよくわからず首をかしげる。
えーと……どういうことだろう……?
「ここに来た目的は特にありませんわ」
車内照明を付けながら、剣さんが口を開く。
「ただわたくしは、穴吹さんと二人きりでお話がしてみたくて。その中で、近くて人気がなくて、できるだけ景色のいい場所を選びましたの」
「なんだそういうことか……」
ふう、と安堵の息が漏れた。こうなると冷たい潮風も心地よさを感じる。
よかった。外国に売られなくて済む。
「中々いい夜景でしたでしょう?」
「うん。思わず見入っちゃったよ」
「お気に召されたようで嬉しいですわ」
「でも、勝手に入っちゃって大丈夫なの?」
特に許可を取ったわけでもなく勝手に門をくぐっていたが、問題ないのだろうか?
警備員が怒り心頭で駆けてきてこっぴどく叱られるような展開はごめんだぞ。
「それならまったく心配ありませんわ。だってこの埠頭は剣コンツェルンの傘下にありますもの」
「ええ⁉ じゃああの貿易船も……」
「剣コンツェルンの所有物ですわ。あ、よければ乗ってみますか?」
「え、遠慮する……」
想像を遙かに凌駕する金持ちぶりにどっと力が抜けた。
たしかにお金持ちって船を持ちがちだけど、私の想像では白いクルーザーが関の山。お金持ちはそういうのをテレビで自慢し、我々庶民は『いいなー』と羨ましがるわけだ。
けれど剣さんは……超巨大な貿易船を所有していることを自慢するわけでもなく涼しげに明かしている。きっとこれが本物のお金持ち。
こういう人種は一周回ってテレビに出ないのだろう。もう別世界の人間、羨ましいを通り越してちょっと引く。
そりゃ一介の高校生を退学にさせるくらいわけないよな……。
窓の外を眺めながらため息をついた。
目と鼻の先にあるはずの貿易船が、やけに遠くに感じる。
「あ、あの、穴吹さん……」
「んー、なーにー?」
視線を移す。すると、頬を朱に染め、挙動不審になっている剣さんの姿が。
その目線は定まらずチラチラと。
指を遊ばせ、肩を揺らせてモジモジと。
ふむ、次に続く言葉が容易に予測できる。
「さっそくで申し訳ありませんが、ええと、昨日のお返事を頂けたら嬉しい、なんて思ったりしていまして……」
ほらきた、予測通り。
私の頬は緩んだ。さっき別世界の人間呼ばわりしたが……それは少し違ったようだ。
少なくとも今、私の隣にいる剣麗華は、人並みに恋に落ちる女子高生。もっとも、その相手が私というのは未だに腑に落ちないけれど。
「えーと、それなんだけど……」
そして期待してもらったところ悪いが、今はまだ返事を持ち合わせていない。だから、つーちゃんのときみたく保留してもらおうと口を開いた。
けれど目の前の剣さんは勘違いしたのか、ショックが見え見えの表情になって、
「だめ、ですか。わたくしじゃだめ、ですか。そうですよね、わたくしなんか、好きになってもらえるはずないですよね。……ふえぇぇぇん」
「だめってわけじゃないから! 返事を待ってほしいだけで、だめなんて言ってないから! だから泣かないで!」
「ぐすん、ぐすん。それはつまり、保留ってことですか?」
「うん、そういうこと。まだ返事を用意できてないから、もう少し待ってほしいな」
「ぐすん、ぐすん。わかりましたわ」
どうにか泣き止んでくれた剣さん。
それにしてもすぐ泣く子だなあ。もう高飛車女王様のイメージが完全崩壊しつつある。
「待っている間、少しでも好きになってもらえるよう努力しますわ」
「は、ははは、頑張って~」
努力、ねえ。
バスケの世界で私としのぎを削り合ってきた剣さんの言う『努力』は、並々ならぬスケールを持っていそうだ。
できれば私が受け止めきれるほどの努力にしてほしいんだけどなあ。
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