0014 幼馴染みVSライバル(1)
その後、私はフラフラになりながらも期待走とは名ばかりの罰走をどうにかやり終えた。
昨日みたく一人ならやり易いのだが、今日はつーちゃんが脇に控えて本数を計りながら黄色い声援を飛ばし続けていたので、気が散って疲労度も体感時間も多分だった。言っちゃ悪いけど、こういうのをありがた迷惑と呼ぶのだろう。
時刻はもう九時前。重い足取りでトボトボと帰路につく。
当たり前のように隣にはつーちゃんがおり、私の手を握っている。
もし部員の誰かに見られたら明日からさらに煽られるんだろうなあ。
「ねえみーちゃん、この後どうする?」
「どうするって、家に帰るに決まってるじゃん」
質問の意図が掴めなかったので、当たり前のことを力なく答えた。
するとつーちゃんは珍しく恥ずかしそうに口を開く。
朱に染まった頬が、月明かりに照らされた。
「今日、うち両親いないの」
「へえ……え?」
「寂しいからみーちゃんに泊まってほしいなあ」
これはお泊まり会の誘い……なんて生易しいものじゃない。
「えーと、じゃあ陽菜も一緒にいい?」
「絶対嫌」
ほら、鎌をかけてみたら案の定。
つーちゃんは『一緒に大人になろう』と誘っているのだ。まだ告白の返事も済ませてないのに。短期決戦を挑むにも早すぎやしませんか?
「えーと、ほら、今日は疲れているし」
「わたしが癒やしてあげるよ。みーちゃんは受け身で可愛いネコちゃんになって」
ほほう、そうきましたか。……なんて悠長にしていられる発言内容ではない。
少し想像してしまい、身体がむず痒くなった。
お弁当やマネージャーは許容できても、さすがにそれは受け入れられない。
「大体陽菜ちゃんばかり毎日みーちゃんと暮らせてずるいよ。不公平」
「それは妹だから……」
「とにかくいいでしょ、昔はよくお泊まりしたじゃん」
そのときはこんな淫らな感情皆無だったけどね。
「えーと……」
つーちゃんを傷つけない体のいい断りの言葉はないかなと、えーとを繰り返した。
校門を出て、角を左に曲がる。
フル回転させていた脳みそだったが、そのとき思考がぶっ飛んだ。
すぐ先にとある人物が待ち構えていたからだ。
「こんばんは、穴吹さん」
げっ、剣さん⁉
栗色巻き髪のヘアスタイルに、品を感じさせる白ワンピースの制服。
彼女は白百合女学園二年生にして私のライバル、剣麗華だ。
そういや今日も来るとか言っていた。つーちゃんの押しが強すぎるせいですっかり忘却の彼方へやっちゃってたが。
「今日も自主練ですか。さすがですわ」
「いやーははは、少しでも上手くなりたいからね」
今日は期待走だよ、なんて告げると話がややこしくなるから肯定した。
剣さんは軽い足取りでこちらに近づいてくる。
その表情は緩みきっており、これまでと比べてギャップを感じる。
彼女に近づかれるとすればコート上にて鬼気迫る表情で、というのが私の中での常識だった。それがこうも変わるのだから、人付き合いって不思議だ。
軽い足取りはやがてスキップのようになる。そんなにも私と会えて嬉しいのか?
どんどん近づいてくる剣さん。
同時に、私は右手に強い感触を覚えた。つーちゃんが、握る手を強めたのだ。
……なんだろう、ものすごく嫌な予感がする。
つーちゃんはずいっと前に出た。
「あなた、誰ですか?」
険のある声で剣さんに言い放つ。
一方の剣さんは少しの間呆気にとられていたようだが、強く握られた私の手を一瞥し、表情を変える。
「あなたこそ誰ですの?」
敵対心むき出し。だがつーちゃんも負けてはいない。一切怯むことなく立ち向かう。
「羽ノ浦紬。みーちゃんの幼馴染みで、親友で、そして今は彼女になりたいと思ってる」
迷いなど少しもない、堂々たる立ち振る舞いだった。
それこそ嘘偽りの発言ではないと、初対面の剣さんにもしっかりと伝わるほどに。
「奇遇ですわね。わたくし、剣麗華も穴吹さんをお慕い申していますわ」
バチバチと、二人の間に火花が飛び散っているようだった。
女と女の負けられない戦いが目の前で繰り広げられている。
一触即発の空気に私も息をのんだ。
……いやいや二人とも、往来で何やってんの⁉
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