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0013 幼馴染みのサプライズ

 つーちゃんお手製弁当も意外に美味しかったが……。

 

 当然ながらお弁当二つは量が多く、食べきるのに大変苦労した。

 

 明らかな食べ過ぎで午後の授業は眠気にあらがうのに必死だった。

 私の席は一番後ろだから教師から目立たないのが不幸中の幸いだ。

 

 そういや、一番後ろの席は目立たないように見えて、実は一番目立つと聞いたことがあるな……。

 

 まあ、目立っても目立たなくてもこの際どうでもいい。

 

 ここ海帝山高校は学校全体を通してスポーツに力を入れている。

 多少勉学が疎かになったところで影響は無きに等しく、それこそバスケ部のエースが居眠りしても叱責なんてされない。

 

 なんとか?授業を乗り切り、迎えた放課後。


 つーちゃんは「じゃーね、みーちゃん」と帰りのホームルームが終わった途端に帰路についた。

 

 そのやけにあっさりした態度にこれまでとのギャップを覚えつつも、私は体育館に向かい、練習着に着替える。部活の時間だ。


 昨日は精彩を欠いてしまったからどうにか挽回しないと。


 そうでなければ……また監督から罰走を課されてしまう!


 二つのお弁当がまだ胃の中に残っており、コンディションはあまりよくない。

 だが少なくともメンタルは昨日より安定している。

 今日は誰にも告白されてないから!


 目を閉じて心を落ち着かせていると、いつの間にか監督がやって来ていたようだ。

 

 そのことに気付かなかった私は、同級生の「水琴、集合だよ」という声に促され、少し遅れて部員達が集まる輪に加わる。その輪の中心はもちろん監督、なのだが……。

 

 監督の隣にもうひとり。笑みを浮かべて立つその人物見て、私は目が点になった。

 

 監督が口を開く。


「えー突然だが新しい仲間を紹介する。ほら、挨拶」


「二年の羽ノ浦紬です。よろしくお願いします」

 

 パチパチと鳴る拍手が、ジャージに身を包んだつーちゃんに向けられた。

 

 いやいやいやいや、一体何やってんの⁉


「羽ノ浦はマネージャーとしての入部になる。今日の昼にいきなり入部届を持ってこられたときは驚いたが、ちょうどマネージャーが欲しかったから助かった。大したことない二年の誰かをマネージャーに転身させようと思ってたくらいだ」

 

 監督のエグい発言に同級生達の顔が引きつったのはこの際さておこう。

 

 昼休みが始まった途端どこかに行ってたが、こういうことだったのか。

 お弁当といい、入部といい、心労を伴うサプライズの連続だ。


「よし、羽ノ浦も加わった新チームでこれからも一丸となって頑張ろう!」

 

 欲しい人材が手に入りよほど嬉しいのか、監督は喜色満面だ。ここまで機嫌のいい日は滅多にないからこればっかりはつーちゃんに感謝したい。


「よろしく頼むぞ、羽ノ浦」


「よろしくお願いします。あ、みーちゃん、わたし頑張るからね!」

 

 こちらに向かって手を振ってきたのでとりあえず振り返してみた。おそらく私は苦笑いを浮かべているだろう。


「お、穴吹と仲いいんだな。もしかして……付き合ってるのか?」


「やだあ~わかっちゃいます~?」

 

 ドッ、と大きな笑い声が上がった。

 

 こういう冗談に乗っかってくれるノリのいい人、監督や他の部員からはそう思われていることだろう。皆さん誤解してますよ、つーちゃんは本気です。


「それじゃあ練習開始。まずは各自ストレッチ、その後ランメニューだ。羽ノ浦はタイマーをやってもらうからな。今日のところは私を見て学べ」

 

 部員達は「はい!」と威勢のいい返事を飛ばし、各自散り散りになってストレッチを始めた。

 

 一方の私はつーちゃんに忍び寄り、言葉をかける。


「なにやってんの?」


「なにって、マネージャーだよ」


「そういうことじゃなくて……」


 飄々とした態度に頭を抱えたくなった。


「入部はいいとしても私に一言あってもよかったんじゃ……。急だからびっくりしちゃったよ」


「ごめん。驚かせたくてつい」

 

 つーちゃんはいたずらっ子のように舌を出してテヘペロした。まったく反省していない。


「はあ……ところでどうして入部したの?」


「そんなの決まってるじゃん。みーちゃんと放課後も一緒にいたいからだよ」


「な、なるほど……」

 

 まあそんなことだろうと思ってたけど。

 

 そもそも今日一日ずっとベタベタしてきたつーちゃんが、帰りのホームルームが終わった途端にすんなり帰路に着くなんてあり得なかったんだ。


 これくらいのサプライズは往々にしてあると、今後は常に覚悟しておかねばならない。……疲れるなあ。


「こら穴吹、いつまで彼女とイチャイチャしてるんだ!」

 

 監督の声に部員達からまた笑い声が上がった。

 え? 私、部内でイジられキャラを確立しちゃいましたか?


「彼女……みーちゃんの彼女……」

 

 つーちゃんは恍惚とした表情でとっても嬉しそう。

 部員達からも「ヒューヒュー」と煽られ、私は今、超絶困惑中。


 今日は昨日と違って安定したメンタルで部活に励めると思ったのに、どうやらそれは幻想に終わったらしい。


 なんでこうなっちゃうのかなあ……。

 

 苦笑いが止まらない中、練習開始。

 そして案の定と言うべきか――。

 

 私は今日も今日とてミスを連発してしまった。

 

 原因はもちろんつーちゃんだ。気にしないように心掛けてはいたのだが、小休憩の度にくっついてくるし、片時も余すことなくジーッと熱い視線を送ってくるし。

 

 これら行動全てに恋愛感情が込められているんだよな……。

 

 なんて少しでも考えてしまえば困惑の渦にどっぷりと嵌まってしまう。

 こんな状態でプレーに集中できるわけがない。

 

 シュート練習では外しまくり、連係確認では自分でも意味不明な動きをしてしまった。

 

 そうして機嫌がよかった監督も、段々と表情を曇らせてゆき――。


「あ~な~ぶ~き~」

 

 練習メニューを全て消化した後、私はまたも個別に呼び出され、ギロリと睨み付けられた。最悪だ。


「どうやら今日も走りたいようだな」


「ま、また罰走ですか」


「罰走? 人聞きの悪いことを言うな。そんな前時代的なことはしない」

 

 嘘つけ鬼監督。


「いいか穴吹、これはお前を想っているからこそ。言うならば期待走(きたいそう)だ。不調のエースを復活させるべく振るった愛の鞭。ありがたく受け取れ」


「ものは言い様……」


「なんか言ったか?」


「なんでもありません。期待走、しかと頂戴致します」

 

 凄まじい威圧感を放つ監督に逆らえるはずがなく、私は背筋を伸ばして殊勝なことを言った。というより、言わされた。


「よし、じゃあ始めろ」


「あ、本数は百くらいで……」


「三百だ」

 

 昨日より増えてるし。もう勘弁して。


ご覧頂きありがとうございます。

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