0010 幼馴染みの攻め(1)
両手に花、という言葉を思いついた人は時間と心に余裕を持て余していたのだろう。
少なくとも登校前という慌ただしい時間に、幼馴染みと妹が両サイドでバチバチやり合っているような状況ではなかったはずだ。これだと両手に猛獣。私は獲物のシマウマってところだ。
歯磨き着替えなど、諸々の準備をなんとか済ませ、いつもより遅い時間に家を出た。
そして今、玄関先でつーちゃんは余裕の笑み。陽菜はふくれっ面。
「じゃあね、陽菜ちゃん」
「ずるい!」
「なにがずるいのかなあ? ただ学校に行くだけだよ」
私とつーちゃんが通う海帝山高校と、陽菜が通う中学校はまるっきり方向が違う。
だから玄関を出たら私とつーちゃんは右方向へ、陽菜は左方向へ。
すぐ別れなければならない。
きっとつーちゃんは『よし、今からみーちゃんを独り占めできるぞ』なんて思っていることだろう。
「じゃあみーちゃん、行こっか」
つーちゃんはにこりと笑って私の手を取った。
ものすごく自然な感じで手を繋がれ困惑だけど、まあ白昼堂々腕を組まれるよりはこちらの方がいい。
それにしても、つーちゃんと手を繋ぐなんて久しぶりだな。
昔はよくやってたけど、あの頃は友愛の証だ。
今は違ってつーちゃんからの愛情表現。
「お姉から手を離せ! このクソビ〇チ!」
「陽菜⁉ そんな言葉どこで覚えたの⁉」
「ふふふっ、陽菜ちゃんも反抗期だなあ」
陽菜は憤慨していたが、ただ本当に時間に余裕がなかったので「じゃあ行ってくるね」と手を振って別れた。
「ガルルル」とまた猛獣の鳴き声が聞こえる中、隣で勝ち誇った表情のつーちゃんと歩く。
しばらく進んで、あのことに触れたのは狭めの路地に入った時だ。
いつかはくると思ってた。
「ねえみーちゃん、昨日の返事、貰えたりする?」
陽菜に見せた余裕はどこに置いてきたのか、みーちゃんはまるで腫れ物に触れるかのようにおそるおそる私に問うてくる。
唇が震え、目は私に向いたり他所に向いたり。
明らかに平常心とはほど遠い状態にあるだろう。
だがそんな中、非常に申し訳ないのだが……。
「あの、その、まだ、かな。ごめんね」
私は返事を用意できてない。考え込む余裕がなかったのだ。
「ううん、いいの。わたしこそごめんね、急かすみたいになっちゃって」
一瞬、気まずい空気が流れたかに思えた。
しかしつーちゃんは「よし!」と踏ん切りをつけるような声を出し、それを振り払う。
こういうのはありがたい。ただ、これから怒濤のアピールが始まったりするのかなあ?
どんなのがくるのかと身構えていると、つーちゃんは繋いだ手を離し、肩に掛けたスクールバックのファスナーを開けた。
「ところでみーちゃん、これ見て」
「なにそれ?」
「今月号のゼク〇イだよ」
私はずっこけそうになった。
「どうしたの?」
「いや、ファッション雑誌のノリで結婚雑誌見せられたから驚いちゃって」
「オーバーだなあ。遠いようで近い将来のことだよ」
ふふふっ、と笑うつーちゃんから狂気が垣間見えた。
でもまあ、別に相手が私と定まっているわけではないだろう。
きっとまだ見ぬ結婚相手に想いを馳せ、心を躍らせているだけだ。
うん、そうだと信じたい。
「ここ、ウェディングドレス特集だって」
「へえ……そうみたいだね」
「憧れるなあ、お揃いのウェディングドレス」
「よく聞きそうに思えてまったく聞かない言葉だね」
お揃いのウェディングドレス、なんて。
「この青色が掛かったのとか素敵じゃない? みーちゃん青色好きだったよね?」
「好きだけど……ち、ちなみに誰とお揃いにする気?」
「やだもう。わかってるくせにー」
隣に立つ幼馴染みは朱に染まった頬に手を当て、まぶたをトロンと落とした。
視野を狭めた眼光で一直線、私をロックオン。
どうやら結婚相手が明確に定まっているようだ。やだもう。
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