0001 幼馴染みから
「好きなの! わたし、みーちゃんの事が好きなの!」
幼馴染みがそんなことを言う。
ゴールデンウィークが明けた5月中旬。夕焼け空の下。
放課後に突然体育館裏に連れ出され、その矢先のことだった。
みーちゃんこと私、穴吹水琴はあっけにとられながらも言葉を返す。
「うん。私もつーちゃんのこと好きだよ」
つーちゃんこと、羽ノ浦紬。繰り返すが、彼女と私は幼馴染みだ。
それこそ高校二年生の今になっても『みーちゃん』『つーちゃん』と呼び合うほど、仲がいい。
だから、つーちゃんが私のことを好きなのは昔から当然と言うか、周知の事実と言うか……。
逆もまた然りで、私もつーちゃんのことが好きだ。一番の親友だと思っている。
「違う。……違うんだよ! みーちゃん!」
つーちゃんはこれぞ大和撫子とばかりの綺麗な長い黒髪を揺らし、特徴の垂れ目をカッと見開いた。そのただならぬ様子に、私はさらにあっけに取られる。
今度は言葉を返せずにいると、つーちゃんはハッと我に返って言った。
「あっ、ごめん、わたしひとりで舞い上がっちゃった……」
「いや大丈夫……だけど、なにが違うの?」
容姿もさることながら、つーちゃんは内面も大和撫子。ボーイッシュと言えば聞こえはいいが、単に女っけがないだけの私とは対照的で、こんな風に語気を強めて感情を露わにするなんてとても珍しい。
「私もつーちゃんのこと好きだよ」
聞き違いでもしたのかなと思って再度告げてみた。親友に伝える嘘偽りのない言葉に、自然と笑みもこぼれる。これからもずっと仲良くしていきたいなー。
「違う。……だから違うんだよ、みーちゃん」
しかしつーちゃんの返事はさっきと変わらなかった。これいかに?
「みーちゃんの『好き』は、友達としての『好き』でしょ?」
「へえ? まあ、そう、かな?」
言葉の意図がよくわからなかった。
友達としての好き。私達の関係で、これ以外になにがあるというのか?
よく見ると、つーちゃんの頬は真っ赤に染まっていた。夕焼けに照らされたせい……ではない。
外的要因で表面だけを染められてもああはならない。おそらく身体の内側から、昇って押し出されて、露わになって。熱を帯びていそうなそれは、よほど強い色で、夕焼けが霞むくらいだ。
「私の好きは……私の好きは……ね」
そんな中、つーちゃんは口を開く。チラチラと視線が合ったり、逸らされたり。
だがやがて、こちらを真っ直ぐに見据えて、言い放つ。
「キスしたいとか、思っちゃう方の好きなの」
「キス? だれと?」
「みーちゃんに決まってるじゃん!」
叱責に近い強い口調だった。
決まってるじゃんと言われても……。
でもこの場には私しかいないし、話の流れを鑑みたら確かにそうか。
……いやいや、流れとかだけで判断できることじゃなくて!
「ちょっと待って、つーちゃん」
もっと根本的な問題があるだろう。
私とつーちゃんは、幼馴染みで、親友で、そして――。
「女同士だよ」
「うん、知ってる」
「いやいや、本当にわかってる? 同性だよ、私達」
「うん、だからわかってるって。女のわたしだけど、女のみーちゃん好きになっちゃったの。恋愛対象として」
恋愛、と。はっきり告げられた。
私は今、同性の親友から恋愛感情を向けられている。
……ええ⁉
どういう状況これ⁉
私、告白された⁉
生まれて初めての告白だよ⁉
生まれて初めての告白が、親友のつーちゃんから⁉
「正真正銘の恋だよ。純愛」
状況についていけない私に、つーちゃんは好意をさらに重ねて示す。
その愛が純であろうがいまいが、私は親友から恋愛感情を向けられていることに困惑するほかない。
「えーと……」
言葉に困った。つーちゃんとはなんでも言い合える仲だから、こんなことは滅多にない。模索して、なんとなく掴んだものを精査せずに投げつける。
「私達は、親友、だよね?」
瞬間、つーちゃんの表情がショックを物語る。あ、デリカシーのない言葉だった。
『好きな人から友達として振る舞われるのが何よりつらい。それは相手に恋愛感情が一切ない証だから』みたいな台詞を、少女漫画で読んだことがある気がする。
私と、つーちゃん。ふたりの間にしばらく沈黙が流れる。
つーちゃんとこれほど気まずい時間を共有したことはない。ふたりでいて居心地の悪さを感じたのは初めてじゃなかろうか。
その気まずい時間、沈黙を――やがてつーちゃんが破る。
ショックを吐き出すように大きく深呼吸をしたかと思えば、私に強い視線を寄越し、
「そう言ってくれるのは嬉しい。わたしもみーちゃんとは親友だと思っていた。けれど、心の内ではそうじゃなかった。単に仲のいいだけで終わらせたくない。わたしはみーちゃんと、特別な関係になりたい」
腰を折って、手を伸ばした。まるで希望を掴みにいくかのように。
「何度でも言うよ。わたしはみーちゃんのことが好きです。キスしたいとか思っちゃう方の、恋愛対象として好きです。この純愛を受け取って、わたしと付き合って下さい!」
「えっと……」
言葉に詰まった私を、不安げな上目遣いが覗いた。
「ダメ?」
「いや、ダメというか、唐突すぎてよくわからないというか……」
「……それもそうだよね」
つーちゃんは背筋を伸ばし、微笑む。無理に表情を作っている気がした。
「うんうん、そうだよね。急には決められないよね。驚きの方が大きいよね。当然だよね」
息もつかずに言葉を羅列する。もちろん私に向けての言葉なのだが、自身を納得させる用途もあるように思えた。
つーちゃんはどこかで、『こちらこそよろしくお願いします』と即答する私を期待していたのかもしれない。
「明日また、返事を聞かせて。待ってるから」
明日……明日かあ……。
つーちゃんも意地悪だ。衝撃の告白のわりには決断までの猶予期間が随分と短い。これが見ず知らずの男子からの告白なら即刻お断りできるのだが、相手はつーちゃん。思い出を振り返りながら考え込んで……仮に一年貰ったとしても答えが出せる気がしない。
「じゃあわたし、今日は先に帰るから。みーちゃんはこのあと部活だよね? 頑張って」
「ああ……うん……頑張る」
手を振られたから、振り返す。
つーちゃんは私に背を向け、少し早足でこの場を去って行く。
ああ、気が重い。
本当は……本当はこんなこと思っちゃいけないんだろうけど、帰ると見せかけてクルッと振り向いて、『ドッキリでした!』なんて言ってくれないかあ……。
「みーちゃん!」
そのとき、つーちゃんが大きな声で私を呼んだ。
クルッと振り向いて、ニコッと笑う。たぶん、自然に湧き出た表情だ。
えっ、もしかして本当にドッキリ――。
「大好きだよ! 紛れもない、恋愛対象として!」
真っ直ぐ、貫くような声だった。同時に、告白を誰もいない体育館裏に選んだ意味がなくなるくらいの大声だった。
ドッキリなんかじゃない。ガチだ。つーちゃんの恋心は間違いなく本物だ。
私に向かって大きく手を振る。
「明日、いつものように家まで迎えに行くから! 一緒に登校しようね!」
そう言って駆け出した。
背中が見えなくなった頃、私は深く息をつく。
「ふう……」
最後、みーちゃんは吹っ切れていた。ある種の覚悟を決め、親友という立場を捨ててでも、本気で私と恋人になろうとしている。
さて、ここまでされては逃げることなんてできない。
私は、幼馴染みで親友で女の子のつーちゃんから告白された事実を受け止め、答えを出さなきゃいけない。
「どうしたものかなあ」
試しに頬をつねってみると、痛かった。夢ではない。
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