第8話 現地調査①
「あれ、いらしたんですか」
「悪いか」
あのときユジン様はどうして「星空の下で」と言わなかったのか、この一週間ずっと気になっていて。
だからラシャード様にそれとなく探りを入れてみようかと思ってたのです。今日と明日、お花畑のリサーチに出かけるので。
お手紙にはラシャード様が代理でいらっしゃると書いてあったのに……。店の前まで迎えに来た馬車には、ラシャード様のほかにユジン様の姿までありました。
見間違いかと思って何度か目をこすったり、マリーンの頬をつねってみたりしたのですが、やはりユジン様はリサーチ旅行に同道なさるようでした。
嫌な予感を表に出さないようにっこり笑って馬車へ乗り込みます。
「ところでこれからどこに行くんだ?」
「行き先も聞かずにいらっしゃったんですか?」
「ラシャードが無理やりな」
ラシャード様は肩を震わせながら顔を隠すように横を向いていらっしゃいますから、ユジン様の言葉は正しくないのでしょうね。
うーん。つまり、なんだかんだ言ってルシェ様のことが大事で、ちゃんと彼女のために披露宴のロケーションを確認しに来た、ということでしょうか。
それなら一安心なのですけど。
「代理の方ではなく、ご新郎様に直接ご確認いただけるなら大歓迎ですわ。これから向かうのは王都から東へ馬車で二時間、ハモンド・フラワー農園です」
「ハモンドって聞いたことあるな」
王都から数時間で到着できるダリアのお花畑と言えば、最初に思い浮かぶのはコベット領にある領主直営の農場です。そう、王弟トルーノ様の領地。
私が頷くのと、ラシャード様がコベット公爵の農場だと言い添えるのは同時でした。
ユジン様が驚いた様子で私を振り仰ぎます。ふふふ。一介のブライダルプランナーが、まさか公爵領のしかも直営農場を自由にできるとは思わなかったでしょうね!
この仕事を始めてすぐに、トルーノ様にお手紙を書いたことがありました。
彼のおかげでこの天職に出会うことができたので、そのお礼だったのですが……。公爵様はありがたいことに、力になれることがあれば協力するとおっしゃってくださいました。
ブライダルショップ・アンヌが短期間のうちにこれだけの名声が得られたのも、公爵様のお力添えがあってこそでしょう。
「持つべきものは、コネクションとお金ですわ」
「……そうだろうな」
呆れ顔にはにっこり笑顔を返しておきます。
実はハモンド農園と領主滞在用の屋敷をお借りするのに、手数料と変わらないくらいの金額しか提示されませんでした。でもお客様はそんなこと知る由もないですから。
つまり、ぼったくり放題なのです! 見積もり書をお出しする際には新郎様の顔色を窺いつつ最大利益を狙っていきたいですね。
苦々しそうなユジン様の表情を見て、なんだか楽しくなってきました。
◇ ◇ ◇
ハモンド農園の領主滞在用の屋敷へ到着すると、屋敷の管理を任されている公爵家の従者が迎えてくださいました。
私たちはここに一泊して、あらゆる観点からロケーションの確認をする予定です。
「屋敷の中についてはマリーンに確認をお願いできるかしら。来客用のお部屋やキッチンを中心に……」
「はい! お任せくだっさーい」
いいお返事。さすがマリーンですね。
当日はこのお屋敷をお借りして新郎新婦の身の回りの準備や、お食事の用意、緊急時の休憩室として使わせていただくつもりなので、状態や使い勝手は確認が必要なのです。
次にラシャード様のほうへ向き直って、事前にお手紙でお願いしていたことを再度お伺いします。
「屋敷内と会場および道中について、警備の面でご意見をいただけますか。範囲が広くなるでしょうから、もしご新郎様ご新婦様両家のご用意する護衛騎士で不足するようでしたら、当店でも対応いたします」
「承知しました」
ラシャード様の赤みの強い茶色の目が鋭く光り、他の馬車や馬でやってきた騎士にテキパキと指示を出しました。
太陽の下でお会いするのは初めてですが、浅黒いお肌に金色の髪がよく似合います。イケメンというのはそこにいるだけで気持ちを高揚させてくださいますから、感謝の念に堪えませんね。
「貴女はなにを?」
ユジン様から投げかけられた当然の疑問に頷いて、お花畑のある方向へ目を向けました。ダリアの開花シーズンではありませんから、今時期は別の場所で違うお花を育てているようです。
「会場の様子を見に行きます。時間ごとの見え方も参考にしたいので、しばらく散歩しながらより良いロケーションを探しつつ時間を潰すか、途中で屋敷の確認を挟みながら往復するか」
「俺もそちらへ行けばいいな?」
「そうですね、ご意見をお伺いしたいです。細かい部分をお任せいただけるなら、あとは屋敷でお休みいただいて構いませんし、警備面のチェックが終わるようでしたらお帰りいただいても」
屋敷についても警備の面でも、公爵様直営のこの農場に勝る場所は恐らくないでしょう。あとは会場の見栄えの問題ですが、こちらの農園はお花の出荷量も多いですからきっと問題ありません。
周囲を見渡すと、私たちの荷物は屋敷の従者さんが既に運んでくださったようでした。なんなら、このままの足で会場予定地まで向かえそうですね。
現地へ向かう馬車を借りようと一歩踏み出したとき、離れた場所からラシャード様が手を振っているのが見えました。
「道中もしっかり確認するため、馬で向かうつもりです。もしよろしければ、気分転換にヴィー様もいかがですか? 僕の馬にお乗せしますよ」
すごく爽やかな笑顔……!
どこかの仏頂面の新郎様とは正反対ですね。
確かに王都からずっと馬車ですし、馬で風を受けながら駆けるのも楽しそう。
ワクワクが隠せずに前のめり気味に頷きます。
「わぁ! 是非――」
「俺の馬に乗れ」
……はい?
誰か何か言いました?
眼鏡を両手で直しつつ言葉の聞こえた方をゆっくり振り向くと、青い瞳と目が合ってしまいました。
いやまさかね?




