第26話 独断専行①
マリーンに持ってきてもらった栗色のカツラを被り、整えます。
ドレスもリーゼ夫人が念のために余分に用意してくださったものを着ました。胸のあたりがちょっと余りましたが詰め物って便利ですね!
腹が減ってはなんとやらだぜ、とマーノ様が持ってきてくださった軽食をつまみつつ、目の前に立つ男性からお話をお伺いします。
彼はディグズロー様。代々近衛騎士を輩出するエシャーレン伯爵家のご長男で、半年前にチョコレートまみれの披露宴を開催した新婚さんです。
「ご指示通り、王女殿下は東側の休憩室へご案内しました。殿下付きの近衛は披露宴開始まで交代させず、目立たないよう任務にあたっています」
いただいたご報告にウンウンと頷きます。
誘拐の実行者がいるとすれば交代後の近衛隊の可能性が高いため、ウルサラ様のお付きの方にはもうしばらく頑張っていただきたいのです。
逆に、こちらの部屋を護衛するのはもともと交代予定だった近衛隊の方々なので、怪しまれることもありません。
「ありがとうございます。こちらの部屋は警備自体は薄くて結構ですが、殿下の控室らしくしておいてください」
「はい、そのへんはぬかりありません。しかし、あのヴィー様がレディズコンパニオンのヴィヴィアンヌ様だったとは」
「内緒にしてくださいね」
ラシャード様が事情を説明して対応にあたらせたのが、このディグズロー様です。信頼できる人物であるということでしょう。
私のお客様が、業務上でこれほどの信頼を得ている方だと知ると、なんだかとっても嬉しいです。
「もちろんです。そして恩人をお守りする機会に恵まれたことに感謝するとともに、必ずお守りすると約束します」
「でも誘拐は成功させてくださいね?」
「あの披露宴をご提案いただいたときも驚きましたが、やっぱり貴女は一般人の度肝を抜くプロですね。大役を任せていただきありがとうございます」
爽やかな笑顔……!
ご新婦のカロリア様は「あまぁい結婚式がいいのっ☆きゃぴっ」と瞳の中に星が散りばめられたような方でしたが、ディグズロー様の素朴でいてどっしりした雰囲気とよくお似合いです。
ディグズロー様が出て行かれ、一人になった一瞬の隙にヴェールを被り、太ももに巻き付けた革ベルトをドレスの上から確認します。
ベルトに収まっているのは蒸気銃。実弾と信号弾の両方を併用できる特別性で殺傷力はあまり高くないと伺いました。信号弾は胸元の隙間に忍ばせてあります。隙間があって良かったですねっ!
お化粧でできるだけウルサラ様のお顔立ちに似せるようにしていますが、別人ですからヴェールは必須。瞳も太陽のような琥珀色ではないので伏目がちに。
本当に騙せるのか不安になって来ました。
たった半年とはいえ、レディズコンパニオンとしてお近くで見てきましたから、ウルサラ様の仕草は真似ることもできるのですが……。
少しずつ緊張で体が強張ってきます。
そこへノックの音。驚きのあまり背筋が伸びたのがわかりました。常に伸ばしておかなければ。
「新しいお茶をお持ちしました」
「ありがとう、入って。……ひとり?」
「はい、申し訳ありません。皆が準備に追われる中で、緊急で何か問題があったようでございます」
そうですね、緊急で問題が、というのには私もとーっても心当たりがあります。
いまこの瞬間はただでさえ忙しいのを知っていますから、ウルサラ様らしい優しい微笑みで頷いておきましょう。
準備はマリーンやリーゼ夫人に手伝っていただきましたが、ここから先はもう誰が敵かわかりません。
このお茶でさえ怪しいのです。けれど、今の私に求められているのは自然さ。
カップに伸ばす手が小さく震えています。
「緊張されてますか」
「え、ええ。そうみたい」
「一生に一度の披露宴でございますから、どなたさまも緊張なさいます。カーテンを閉めましょう、少し落ち着くかもしれません」
いくつかある窓のカーテンを順番に閉め、部屋が暗くなっていきます。
メイドはランプを点け、温熱機のスイッチを入れました。秋や冬の寒い季節には、屋敷内で利用される蒸気製品の廃蒸気を、各部屋の温熱機に再利用するのです。
「ん……」
薄暗いお部屋の中で温かいお茶をいただいて、室温が少しずつ上がってくるとなんだか眠気がやってきたようです。
ソファーで身じろぎをすると、メイドが私の周りにたくさんのクッションを詰め込んでくれました。
柔らかくてあたたかくて、いい気持ちです。
「まだお時間は余裕がありますから、少しお休みになってください」
ここで寝てしまうわけにはいかないのに、抗いがたい睡魔が……! なんて強力な敵なのでしょう。ふわふわして、瞼が重いです。
どこかでノックの音がしました。メイドが代わりに返事をします。
なんて言っているのか聞こえません。ドアが開き、誰かが入って来た気配にちょっと腹が立ちましたが文句を言う気力がありません。
「よく寝てるな。クッションのひとつくらい持ってってやるか。何もない小屋だからな」
「この毛布でクッションごと巻いたらどう」
まだ寝てませんけど! 声を出すのが億劫なだけで!
ただこれが誘拐犯かと思う一方で、少しだけ安心しました。ラシャード様の言った通り、ウルサラ様を殺すつもりはなさそうですから。
……偽物だとバレたら命の保証はないですけどね。ええ、私の命は普通に狙われていたそうですし。
どういった経路でどこへ連れて行かれるのかを知るためにも、眠るわけにはいきません。
くるまれた毛布の中で手を握り、掌に爪をたてながら意識を保つ努力をします。
「そっち、持ってくれ」
「ええっ、これそんなに重いの? アタシ後でひとりで直さないといけないのに」
控室の中の棚を動かしている様子が薄く開けた視界の隅で見えました。
恐らく隠し通路があるのでしょう。ただ、犯人はそれを知っている人物ということになりますか。だいぶ限られてきますよね。
ええと、トルーノ様をはじめとした、コベット公爵家の誰か。
ああ、いえ、ハモンド農園は確かその前に……。
もうだめ、限界です。
抱き上げられたのがわかりますが、これ以上は眠気に耐えられません……。




