第24話 緊急事態①
ついに、ウルサラ王女殿下の披露宴が本番を迎える記念すべき一日が始まりました。
マリーンがハモンド農園の屋敷を縦横無尽に走り回っています。
私がレディズコンパニオンとしてお城へあがってからもうすぐ半年。この間、全ての挙式や披露宴の演出を現地で指示し成功させてきたのはマリーンです。
「これもう私いらないですわね……」
ケチのつけようのないマリーンのマネジメントぶりに、思わず溜め息が。独立させたらブライダルショップ・アンヌは三年と持たなくなるでしょう。
「なぁに言ってんだぁ? 俺たちはヴィヴィアンヌちゃんが全部まとめてくれたから今日まで準備できたんだろうが」
「左様でございます。ジョーディー王太子殿下のお召し物も、貴女様がいらっしゃらなければご用意できておりませんよ」
私の泣き言を、総料理長のマーノ様と衣装責任者のリーゼ・ペッカ男爵夫人が叱ってくださいました。
披露宴だけとはいえご新郎様が他国の方ですから、ひとつひとつの確認にとても時間がかかるのですよね。
先方からも代表の方がいらしてはくださるのですが……個人の理想を大切にしようとすると、代表者だけでは決まらないことが多いのです。
「ありがとうございます! でも皆さまの寛大なお心とご協力があってこそですわ!」
お二人の手をとってお互いの努力を讃える真横を、全力疾走で駆け抜ける人がいました。
そのまま、私たちの背後にある関係者用の休憩室へ入って行きます。一階にある小ダイニングを簡易の休憩室にしたものですが、今あの中にはラシャード様とアーベル様がいらっしゃるだけ。
「何か、緊急事態のようですわね」
そう呟いたリーゼ夫人とマーノ様はご自身の仕事を思い出したらしく、そそくさと立ち去られました。
屋敷内の休憩室等の設営は王城のメイド長が、会場の設営は家令が、衣装はリーゼ夫人が、お料理はマーノ様が、警備はラシャード様が、それぞれに責任を持って指示を出して進めてくださいます。さらにそれらの監督はマリーンが。
つまり、私は暇なのです! 私のプロデュースする披露宴だというのに!
「んー、それなら緊急事態の対応に最も適しているのは私ということになりますね……」
気づいてしまった以上は、やるしかありません。まずはお話を聞いてみましょう。
休憩室の扉をノックし、お返事を待ってから中へ入ります。
「誘拐ですか?」
「そういう密告があった。今までの妨害活動が全て無駄に終わって、あとは今日という日をぐちゃぐちゃにするしかないんだろうな、奴らは」
アーベル様が頭をぐしゃっと掻きむしりました。
まだお着換えをなさってないからいいですが、衣装を着替えて髪もセットしたら是非おとなしくしてもらいたいものです。
「これまで妨害活動あったんですか? 私ぜんぜん気づきませんでした」
「たくさんありましたよー。ヴィヴィアンヌ嬢の命を狙ったものも過去に三度!」
「ヒェッ……」
ラシャード様が私に座るよう勧めながら、片手の指を三本たてて見せました。
どうやら私の知らないところで何度も命を助けていただいていたようです。鈍感とは貴重な才能ですね。気づいていたら怖くてお仕事ができなかったかもしれません。
「実行犯はその場で怒ったアーベル様が処分しちゃうから、なかなか真犯人にたどり着かなくて」
「ラシャード。……何人かは生かしてあるだろう」
「とにかく、相手にとってもこれが最後のチャンスです。かなり焦っていますから強硬な手段も使ってくるでしょう」
「ジョジーは叔父上の本屋敷に泊まって、今朝こちらへ向けて出発した。デロアとエスパルキア両国の精鋭がついてるからいいとして……」
アーベル様が途中で口を閉ざし、お部屋のナナメ上を見上げました。そちらの方向にあるのはウルサラ王女殿下の控室です。
予定通りであれば、もうすぐウルサラ様もハモンド農園へ到着されるでしょう。そして披露宴の準備に取り掛かります。
ウルサラ様が誘拐されるかもしれない、と思ったとき全身に震えが走りました。彼女の身に何かあったら、この国は一気に崖っぷちですから。
それになにより、あの優しい微笑みが曇るのは嫌です。すごく嫌。
「身近なところにも相手方の手の者がいることはわかっています。王女をお守りするにしても、確実に信頼できる者だけの少人数で対処しなくてはなりません」
「少なすぎても守れないぞ。着替えてる最中も隣で見てるわけにいかない。部屋と屋敷とを厳重に囲んでおかないと」
「殿下なら隣で見張っても許され――」
「るわけないだろう」
アーベル様とラシャード様とのやり取りは、余裕があるのかないのかわかりません。
いえ、余裕がないのにどうにか平静を装うとしているというのが正しいのでしょうね。
大きく深く深呼吸をします。暇な私はこの部屋に問題解決のためにやって来たのです。私が立ち上がらないで如何にしますか。
「最初に確認しておきますが、最優先されるのは王女殿下とジョーディー王太子殿下の披露宴を予定通り開催し、お二人を無事に城までお届けすることですよね?」
「そうだ。次いで、犯人の確保だな。でなければ、明後日にサラがデロアに向けて出発し、国境を超えるまで息も吐けない」
ふむ。犯人の特定および確保は私の仕事ではありませんね。ウルサラ様をお守りすることと併せて、お二人にお任せしましょう。
私はこの披露宴のプランナーとして、総責任者として、できることをします。
「それでは私が、『披露宴を予定通り開催する』ことについて責任を持って対応いたします」
「は?」
アーベル様とラシャード様のまん丸の目が同時に私に注がれました。
イケメンお二人に見つめられちゃうと照れちゃいますね!
「王都からの道中は監視体制も厳しいですし、何かするなら披露宴前後が濃厚ですよね。お着替えしたりお茶を飲んだりするような時間。なので、いくつかある来客用の休憩室のうちひとつをこっそりウルサラ様の控室にしましょう。そして、現在の控室には私がウルサラ様として入りますわ。すなわち、影武者さくせ――」
「駄目だ」
えー! とっても名案だと思ったのに。
アーベル様が話にならないとでも言いたげに眉根を寄せて首を振る横で、ラシャード様は何かを考えこんでいるご様子。
ラシャード様を説得できればいけるかもしれません!




