第15話 現実逃避②
マリーンとの打ち合わせはとても有意義に終わりました。私の抱えている案件は減らしたとはいえウルサラ様の披露宴だけではありませんから、進捗の確認と今後の対策は急務だったのですよね。
まぁ、レディズコンパニオンとなったために実際に手を動かすのは全てマリーンなのですけどね。
これはボーナス弾むくらいじゃ済まないですよね。新しい人を雇おうかと提案したのですが、教えている暇がないと即答されましたし!
ですが、今は可愛いマリーンのことで頭を悩ませている場合ではないのです。
実は荷馬車の荷台に野菜と一緒に紛れて乗っていまして。
どうしてこんなことになったかと言うと、お城へ戻る算段を全く考えていなかったからなんですけど。
紺のツーピースに黒縁メガネでお団子頭の、どこからどう見ても立派な平民な私がですね、ご近所のお友達の家に行くような感覚でお城に入るわけにいかないのです。
「ちょっと考えればわかるでしょうが!」
怒鳴ったマリーンの声がまだ頭の中で響きます。出るのは簡単だったので想像もしなかったのですが、おっしゃる通り過ぎて何も言い返せません……。
そして、お城へ入ろうとする商会の馬車を見つけたのでこっそり紛れ込んだというわけ。どうにか芋になりきって無事に侵入を成功させたい所存。
「悪いんだが、今日はそっちに停めてくれ」
警備の方でしょうか、外から無愛想な男の人の声が聞こえます。
この馬車の幌は前後は開いているのですが、側面をきっちり覆うタイプなので外は見えません。
「今日はなんか騒がしいですねぇ」
「あー、なんか王子殿下の客人が行方不明だとかで警備兵が死に物狂いで探してんだよ。不審者に攫われたんじゃないかって、そりゃあピリピリしててな。おっと、これは内緒にしてくれよ?」
外の案内に従って馬車がゆっくり動きます。止まって、御者が降りた隙に前から抜け出るのが得策と見ました。馬車をあまり揺らさないよう前方へ移動します。
そういえば、私の銀髪は珍しいので、この髪を覚えている人が助けてくれるかも、とマリーンが言っていました。
彼女の助言に従って髪をおろし、眼鏡を胸ポケットにしまってから、幌から顔だけ出して周囲を見渡します。
「右よーし左よーし」
小声で指差し確認。右側では馬留に手綱をくくった御者が、水を取りに背中を向けました。左側は特に人影がありません。
今がチャンスですね。
馬車の左側に飛び出して、木陰で様子を伺いつつ建物の壁に添って外周を進みます。
背後から聞こえる商会の方と警備の方との話し声もどんどん小さくなっていき、次第に聞こえなくなりました。代わりに、他のいろいろな生活音が耳に飛び込んできます。
侍従たちのお喋り、誰かの怒鳴り声、遠くからは馬のいななき。
お城は政治機能の中心となる本塔と、王族の住む西棟、侍従の居住区域やその他用途の東塔と、大雑把に分けて三つの塔からなります。正確にはもっとたくさんの建物があるのですけどね。
私の勘が正しければ、このあたりは西塔周辺でしょう。先にお庭が広がっているようです。
「ヴィヴィアンヌ様、いらしたか?」
「いや。怪しい奴も見てないな」
んー! すっごい警備兵の数……。さきほど話に出た「ピリピリ」とはこれのことなんですね。
まさか私のことを探していらっしゃるとは。いや普通に考えればそうなるんでしょうけど。
素直に出て行くのは悪手な気がします。この服では信じてもらえないでしょう。お知り合いならともかく、警備の方が私の顔を覚えているはずないですもの。
怪しい奴だと勘違いされたまま捕まったとして、ラシャード様や王女、王子両殿下に会わせてもらえるとも思えませんし。
やはりどうにかして自力で自室を目指すべきですね。
草木の陰、建物の陰、そういったものに隠れながら少しずつ移動していきます。
そのうちによく知るお庭に出てきました。この奥の薔薇園には度々お散歩で訪れるので覚えています。もう少し進めば外廊下から城内に入れるはず。
「おい、お前!」
背後から飛んで来た大きな声に驚きつつ、恐る恐る振り返ってみると、怖そうなお顔の警備の方と目が合ってしまいました!
が、気付かない振りをして先を急ぎます。自室に入ってしまえばこっちのもの。
「待て、逃げるな怪しい奴め!」
「誰かいたのか!」
続々と人が集まってくる気配。
もう隠れている場合ではないので、走って自室を目指します。外廊下は目前、ですが、前方からも数名の警備兵が走り寄ってき来てるじゃないですかー!
完全に袋のネズミです。これは無理、もう無理。私、別に体力も運動能力も並ですから。
「観念しろ!」
「武器を持ってるかもしれん、油断するな」
いやいや持ってませんけど、ってか乱暴する気満々なのそっちじゃないですか!
私を取り囲もうとする警備兵の方々の鬼気迫る様子に、血の気が引いて行きます。なんなら心臓が口から飛び出そう。
最も早く私の傍に近づいた人は、とても大きな体で大きな手を伸ばしてきました。
「ラ……ラシャード様! アーベル様!」
反射的に両手で胸を掻き抱くようにして、体を丸めます。そして咄嗟に口を突いて出たのは、いつだったか私を守ると豪語してくださった二人の名前。
「レディに手荒なことをしてはいけません」
目を瞑った私の体に触れたのは、暴力的な手ではなくてあたたかくて包み込むような腕でした。
頭の上では、いつか聞いたことのある軽やかな声。
「お勤めご苦労様。でも彼女こそが君たちのお探しの客人なんだ。指一本でも触れたら、首が飛んでしまいますよ」
警備の方々がざわつく空気に、私もやっと顔を上げることができました。琥珀色の瞳と目が合います。
「ハ……リル様」
と同時にぐいと体が引っ張られ、肩にマントがかけられました。
「指一本でも触れたら首が飛ぶのはお前も同じだ、ハリル」
ハリル様から引き離すようにしてマントを掛けてくださったのは、なんとアーベル様。おかげさまで、質素なヴィーのツーピースが隠れます。
そのままハリル様から隠すようにアーベル様が私の前に立ち、息切れしてフラフラの私をラシャード様が支えてくださいました。
「怖いですねぇ。私はヴィヴィアンヌ嬢を助けて差し上げただけなのに」
「お前が出て来なくても間に合ってた」
「ハハッ。ご自分の力が及ばなかったのを、私に当たらないでください。会わせたくないならもっと早く駆けつけるべきだったし、そもそも最初からお一人にするべきじゃなかったんです」
すごい。目の前で火花が散るような舌戦が繰り広げられています。
しかし元はと言えば私が脱走したのが悪いので、お二人がバチバチに対立なさると胃が痛いです。私のために争わないでと冗談も言えやしない。
「あ、あの。ありがとうございました」
アーベル様の背中から顔だけ出してお礼を伝えます。すごく怖かったので、助けていただいて嬉しかったのは確かですもの。
「……シンプルな衣装もお似合いですよ、レディ。ではまた」
ハリル様は優しく微笑んでから、背を向けてしまいました。警備の方々もそーっとその場から立ち去っていきます。
あとに残ったのは、ご機嫌斜めなアーベル様とラシャード様。
もう一度どなたか助けてくださらないでしょうか?




